前回の「1つの語なのに2種の複数形を持つ」という切り口に引き続き、今回は、「単数と複数で意味が異なる」という切り口で主なものをまとめてみましょう。

とは言っても、たいていは単数形の意味やイメージから派生していますから、そのことだけでも『連想』という手段によって覚えやすい組み合わせになっています。

但し、初めて見た時には、連想するだけでは間違っている場合もありますから、簡単なものでも確認し、「へぇ、そうだったんだ!」と驚けるように、しっかりと目を通すことが大切です。

例えば、

  • 「腕」が集まれば(複数になれば)「武器」になる。
  • 「力」が集まれば(複数になれば)「軍隊」になる。

などは、一度学習すれば関連性が明瞭でイメージにもできますけれど、初めて見る時はたいてい違うことを連想したり、「えっ!そう言われても何だろう?」ってなってしまいますよね。

でも、一旦学習すれば、「なるほど~。そういうことだったんだ!」と覚えやすくなります。

しかし、

  • 「習慣」が集まれば(複数になれば)「関税」「税関」になる。

なんてことは、誰も連想できませんから、そういうときには、その物語を調べてみるのも覚えるための有力な手段になります。

私などの時代は、こんなことを手軽に調べる手段も暇もないアナログ世界でしたから、もう慣用句的に覚えるしかないとして覚えてましたね。

ただ、それでも、「関税は昔の習慣だったんだ」と思い巡らせて勝手に関連付けて覚えていたと思います。

要するに、合っているのか合っていないのかは別として、手繰り寄せる糸口として『連想』を使っていたということなんですね。

下記の問題は、大学受験では、このぐらいは知っておくべきだろうというレベルですので、この際に是非まとめてみてください。

※複数形になって意味が変わるからといって、加算名詞の場合は、単数の意味での複数形の機能が無くなったわけではなく、それも機能している場合もあるということだけは頭に入れておいてください。

※”arms”を何が何でも「武器」と訳そうとすると意味が通らないこともありますよ、ということです。

※多くの名詞は、単数形で使うか複数形で使うか何れかに偏っているようです。圧倒的に単数に偏って使う方が多いのは不加算名詞が多いことや慣用句は単数使いが主だからだそうです。

今日、埋められなかったところは、小さなメモ帳に控え、明日と明後日、そのメモ帳を見直して答えれるかどうか確認して、答えられなければ意識して覚え直ししてください。

3日後にこのページに来られたら、全て埋められるようになっています。

単数と複数で意味が異なる【問題】

次に示す語の単数形と複数形のそれぞれの意味を書いてください。

arm
arms
force
forces
custom
customs
good
goods
glass
glasses
look
looks
cloth
clothes
manner
manners
people
peoples
term
terms
part
parts
work
works
mean
means
pain
pains
ruin
ruins
security
securities
time
times
air
airs
interest
interests
paper
papers
letter
letters
spirit
spirits
condition
conditions
advice
advices

単数と複数で意味が異なる【解答】

arm
arms 武器
force
forces 軍隊
custom 習慣
customs 税関

■融通無碍■

“book”の複数形は、本来は”beech”として伝わっていた筈なんですって!

しかし、 -s 付加型複数形の勢いに押されて”books”になっちゃいました。

敗れ去った”beech”さんは、今は「ブナ」を意味する単語として伝わっています。(浜辺の”beach”さんではありませんよ!)

どうして?

堀田隆一先生によれば、いかつてブナの灰色で滑らかな樹皮の板にルーン文字が書かれたことから,ブナは文字や本の象徴となったとのことです。

何の意味もなく言葉が繋がることはないのですね!

堀田隆一先生の本を読まれるのもとても刺激になりそうですね。

何故、ネイティブの発音に固執するのでしょうか?

母国語じゃないのですから、つたなくて当たり前。誰も非難などしません。

日本人は英語を日常的に使っている日本人に指導を仰ぐのが、結局は一番の早道です。

国連で活躍された明石康さんも「国連でもっとも話されているのはブロークンイングリッシュである。と講演されたそうです。

中高生で受験英語以上を目指す君や、社会人で英会話を身に着けたい、あるいは上達させたいあなたには、最良の選択肢になるかもしれません。

何故、Z会が多くの受験生に支持されるのでしょうか?

それは、ひとえに問題の良質さと添削者の質の高さにあることは間違いないでしょう。

本当は、手取り足取りの親切すぎる塾に行くよりも、自分で力を付けた人が最も逞しく育つことは間違いありません。

その手段として利用できるのがz会の最大のメリットなのだと言えるのではないかと思います。

私個人としては、z会があったからこそ今の自分があるとしか思えないほど、日本語力や論理力を鍛えてもらい、多くの知識をも貰いました。


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現実世界

学部は違いますが我が後輩(京大情報工学OB)とある臨床医の言をご紹介しておきましょう。

たかが盲腸の診断すらできなくなっている医者が蔓延る世の中で、10人専門家がいれば8人はやぶだといっていいでしょう。
まして、ネット情報に至っては9人はやぶでしょう。

それぞれの周囲を見渡せば本当のプロといえる人はごく一握りだと誰もが知っているはずです。

その中で生活上の問題を切り抜けていくには、俗流社会学や俗流心理学・俗流分子生物学・俗流脳科学・俗流AIなんぞをこねくり回して遊ぶのでなく、知識、感性を自分の責任で磨いて対応するしかないですよね。


いくら教科書や※※※学会で教わったことがないからと言って、臨床経験を積めば、おかしい?と思う筈です。

文献的な情報の受け売りばかりだけで、自分達の頭を使って考えることがなくなっているのが現状です。

世間的には、お賢い人がなれると思われている医学の世界ですら、当事者や見る人が見れば、現実はこんなものです。

あなたの最寄りで、何もかも信頼できるお医者さんを探せれば、それは非常に幸運なことですが、まぁ十中八九紋切り型のことしか言いませんね。

それ自体は何の落ち度もないように見えますが、大いに患者を不利益に導いていることもあることを経験された方も多いのではないでしょうか?

ましてや、生命には関わらない教育の世界では、指導者がやぶである確率など、さらに高いことは目に見えています。

お子さんの成績が上がるための条件は、そもそも真面目にやる気持ちがない場合を除いては、

  • 勉強の仕方の流儀を我がものとして確立する
  • それぞれの実際の学習内容に関して、自分で自分を納得させる理解をする術を会得する

という2点を、自力あるいは第三者のサポートを得て確立するということ以外にはあり得ません。

ところが、そんなところは突いてくれないのが現実社会です。
たいていは、準備された模範解答を恭しくご教示頂いて、エラそうに「俺のようになれるだろ?」というスタンスではないですか?

準備していなければ、どれだけの指導者が慌てふためくことでしょうか?
準備しなければ移動できないこと、及び「それはそれで教育になることを受け入れられない指導者のナント多いことか?」ということが問題なのです。

どんな問題でも、現実には、ことによって他人をあてにすることほど実の無いことはないのは確かですから、先ずは、自分の流儀を曲がりなりにも確立すべく動くのが優先されるべきだと考えます。

何も、他人を信じるなと言っているわけではないことをご理解くださいませ。