[脳細胞を働かせてちょう題 11]ビューを見つける力

ビューを見つける力

次の方程式を解きなさい。
(x+3)(x+4)=132

誰でも解ける問題とはいえ・・・

「なーんだ、一番簡単な二次方程式じゃないか!」

x2+7x+12=132
x2+7x-120=0

(x-8)(x+15)=0

よって、x=8,-15

一丁上がり~。




ところが、僕は次のような見方をしました。

もちろん、上のように解くことはできることはできることは「なーんだ、一番簡単な二次方程式じゃないか!」という段階で分かっているわけですが、それだけに「めんどくせーなぁ!もっと簡単にできる方法があるんじゃねぇの?」と思っちゃいます。

それで、式を眺め直しちゃうわけですが、すると「左辺の(x+3)(x+4)ってxが整数だとすれば、連続する整数になるじゃん。」というところに目が行ってしまうんですね。

おまけに、右辺も132という整数ですしね。

そして、「右辺の132ってどうだろう?ひょっとして連続する整数の掛け算だったりして…」と考えて、11×12になるじゃん!なんてことに気が付いてしまうわけです。

ということは、x+3が11でx+4が12であれば成り立つじゃん。

x=8だわ。

おっと、132は(-12)×(-11)でもあることを忘れちゃいけないぜ。

ということは、x+3が-12でx+4が-11であっても成り立つじゃん。

x=-15も答えだわ。

二次方程式の答えは2つ以上はないから、これで十分だ!

いつでも、特長や相違点・類似点・法則性を抽出してやる意識を!

もちろん、最初の解き方でいいんですけれども、

問題を見て、その問題に複数の数字が出て来るのであれば、

その数字の間の関係に注目してみるビューも意識しておくと発想力が拡がる!!

この問題では、もしxが整数だとすると、
(x+3)(x+4)は連続した整数の掛け算である
というビューで眺めることになるわけさ。

少し言い方を変えると、
単なる数式の掛け算なのだけれど、3,4という数字を見て、
連続する整数の掛け算だと分節することなんだね。

単なる数式や数字から特長や相違点や類似点、法則性を抽出してやるということ。

もちろん、整数とは限らないということも頭に置いておかねばならないけれどね。

2つの数を掛けて整数になるならば、その2つの数は整数だなんて思っている諸君は、まさか居ないだろうね?

さて、そんな分節が出来たとして、「それがどうしたの?」と思うかもしれないね。

この問題では、同時に132という整数が11×12であるということを見破らなければならないように見える。

その通りと言えばその通りなんだけれど、実は、算数のセンスのある人は、

  • 整数を見たらそれを掛け算の形にすればどうかな?という見方を常にしている
  • 問題の文脈を見て必要を感じたら素因数まで分解してみる

こういったクセが必ず付いているものなんだよ。

だから、132を見ればすぐに掛け算の形にすれば何か見えるかもと試してみる!

もっと言えば、こういったクセのついている人は、実際に使うかどうかは別として、

121を見れば11の2乗
132を見れば11×12
143を見れば11×13
144を見れば12の2乗
169を見れば13の2乗
196を見れば14の2乗
225を見れば15の2乗
・・・

などと即座に変換しているってわけね。

別に暗記しているわけではないけれど、見ただけで感覚的に反応しちゃうんですね。

それが、数学が出来ないこと出来る子の根本的な差です。

算数や数学の苦手な人は、これができていませんが、決して生まれつき持っているか持っていないかだけの差ではありません。

大きくは指導者の教え方やレベルによって差が付くのかもしれませんが、1問1問を意味を大切にする気持ちで参考書を真剣に読み取っていけば、多くはカバーできるものです。

この問題を冒頭の解答だけ説明して終わっているような指導者や参考書からは、違った見方をするという経験を学べませんが、参考書であれば、いろんなビューを曲がりなりにも解説している(文章ですから限界がありますが)のが普通でしょうから。

親子でめざせ!算数オリンピック

169なら169のまま「大きい数字で嫌だなぁ」と眺めているだけ。

13の倍数であることさえ思い浮かばないというわけですね。

少なくとも1~20までの整数の2乗の値ぐらいは見ただけで、この整数の2乗ではないだろうか?

あるいは、200までの整数を見ればこの数字の倍数ではないだろうか?

などと即時に反応できるように慣れておくことは、数学センスの最も原初的であり、且つ、決定づけるほど重要な訓練ですよ。

誤解のないように言っておきますが、「この整数の2乗だ」って断定出来るほど暗記しなくてもいいのですよ。

256を見たら16の2乗だったかな?と思い起こす程度で充分です。

断定は、実際に16で割ればすぐに分かりますからね。


さて、そうすると、この問題では連続する整数の掛け算が見える。

左辺をちらっと見て、見事にタイアップしていることに興奮を覚えることになる。

この時点で採用すればいいわけですよ。

問題が(x+3)(x+4)=12×11 で与えられていれば、この手間が省けて、見た途端にタイアップを見破ってほくそ笑むことになりますが、誰も、見ただけで見破られるような問題は出しませんということです。

とかくこの世は学びにくい | 成績を上げるために必須なこと

最後に、とある臨床医さんの言と、学部は同じも学科は違う我がかなり後輩(京大情報工学OB)が教育関係の論議で発言した言を併せてご紹介しておきましょう。

ところが、それら原因をいちいち正確に調べもせずに、バカのひとつ覚えのように、どこの※※※科医も、「※生検!※生検!※生検!」と、患者さんに頭ごなしにゴリ押しするのです。

いくら教科書や※※※学会で教わったことがないからと言って、臨床経験を積めば、おかしい?と思う筈です。

文献的な情報の受け売りばかりだけで、自分達の頭を使って考えることがなくなっているのが現状です。


たかが盲腸の診断すらできなくなっている医者が蔓延る世の中で、10人専門家がいれば8人はやぶだといっていいでしょう。
まして、ネット情報に至っては9人はやぶでしょう。

それぞれの周囲を見渡せば本当のプロといえる人はごく一握りだと誰もが知っているはずです。

その中で生活上の問題を切り抜けていくには、俗流社会学や俗流心理学・俗流分子生物学・俗流脳科学・俗流AIなんぞをこねくり回して遊ぶのでなく、知識、感性を自分の責任で磨いて対応するしかないですよね。

世間的には、お賢い人がなれると思われている医学の世界ですら、当事者や見る人が見れば、現実はこんなものです。(私たちの時代には理工学部の方が理系最高得点の年は当たり前でした。)

さらに、脳科学やAI(人工知能)がカッコいいなんて思っていたら大きな間違いです。
8割がたは商売人や似非科学者(特に文系出身)の漁夫の利狙いの口車ですから…。
ちなみに、私たちの専門では、「俗流電気工学」も「俗流機械工学」もありません。
詐欺師が口を挟む余地など微塵もないからです。

あなたの最寄りで、真に信頼できるお医者さんを探せれば、それは非常に幸運なことですが、まぁ十中八九、紋切り型の決まり文句で対処されるケースがほとんどですね。

我が家は、端からダメそうな医者には行きませんが、幸いにも耳鼻咽喉科と歯科、眼科、内科、整形外科では素晴らしい医師を探し当てましたが、皮膚科だけは見つかりませんでした。
しかし、眼科と整形外科では、先生が倒れられて後に引き継いだ後は全くダメという現実です。

やぶでも「係っているいることへの安心感」が大きいですし、大したこともないのに診療を受ける方も多いですから、多くの場合、特に問題はないことでしょう。

「そんな程度で来るのかよ!」と言いたくなるような初診もよく目にし、耳にしますけど、これだから医者や医薬会社は儲かるんですね!(町医者やそれなりに定評のある公立病院の医師でも、まともなプロと言える医者は、やっぱり2割程度でしょう。)

それはそれで仕方ないとしても、医者の診断は何の落ち度もないように見えますが、ことと場合によっては大いに患者を不利益に導いてしまうケースは確実に生じますし、これを経験された方も多いのではないでしょうか?

ましてや、生命には関わらない教育の世界では、指導者がやぶである確率など、さらに高いことは火を見るよりも明らかですね。

だって、先生はもちろん、塾講師だって日和見してても何の食いっぱぐれもないのですから…。

あなた(お子さん)の成績が上がるための条件は、そもそも真面目にやる気持ちがない場合を除いて、

  • あなた(お子さん)が、適切で効率的な勉強の仕方の流儀を我がものとする
  • あなた(お子さん)が、それぞれの教科の実際の学習内容に関して、自分を心底より納得させる術を会得する

という2点を、自力あるいは第三者のサポートを得て確立するということ以外にはあり得ません。

ところが、そんなところは突いてくれないのが現実社会です。
準備された模範解答を恭しくご教示して、「俺のようになるんだぞ!」というスタンスが大多数です。
単にパターンを覚えているだけの指導者には、こういう本音の言葉が見え見えです。

準備出来ない環境で教えろと言われたら、どれだけの指導者が慌てふためくことでしょうか?

こういう状況では、8割方はいつまでたってもお子さんの学力など伸びるはずはありません。

どんな問題でも、ことによっては、他人をあてにすることほど実の無いことはないのは確かですから、「やぶでも安心できればそれでいい」という場合を除けば、自分の流儀を曲がりなりにも自力で確立すべく努めることを優先されるべきでしょう。

自分の軸さえ持てれば、たとえ環境に恵まれなかったとしても、浮草のようにフラフラと漂うことだけはありません。

2019年11月1日より完成度極致のVer.2020へ!

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「帝都大学へのビジョン」は「バイブル」と頼られて10年。

頭の中にサラサラと流れる川を自力で作るために!

京都大学工学部OB2名と大阪大学大学院工学科OBの3名、しかも全員物理系ハードエンジニア出身(教師転身2名)で執筆していますから、商売人や学生上がりのような、実社会で何もできなかった無責任で底の浅い騙し専門の著者やパッチワーク著者とは良心も実用性もレベルが違います。

保護者目線で見ると、ある意味、反抗期に入るまでの子育てへの思いと計画性とその質が子どもの未来を決める分水嶺です。
中学に入ってからは、保護者は基本的になす術を持ち得ません。

当人の目線で見ると、勉強法の違いでこれだけ差がつくということを分からないまま一生を過ごすか、どこかで気がついて、自分の人生の軌道を修正するかの違いであって、それをまさに旬である中高生時代にできてしまえば、下世話な現実話ですが、学歴もそこそこ備わるだけでなく、それなりに充実した職業にも就ける可能性を大きくするというだけの話です。