[脳細胞を働かせてちょう題 01]キツネの色は?

一匹のキツネが1点Pから真南へ向けて1マイル歩き、そこで方向を変えて真東に1マイル進んだ。

そこでもう一度向きを変えて真北に1マイル進んだとき、ちょうど出発点Pに戻ったとする。
このキツネは何色をしているか?

分った方は、その理由とともに答えを教えてください。
答えは存在するのでしょうか?

いかにして問題をとくか-G.ポリア-より改題

2012年5月23日

経験するということ、上の空ということ

キツネの色は?

どうしても答えが分からないという声をいただきましたので、解答と解説を付け加えておきますね。

それで、画像も付け加えました。キャワイィ…!!

この問題は、

  1. 先ずある点から真下に線を引き、次に右側に直角に線を引き、そして真上に線を引いて、「えっ!元の地点に戻らな~い。あり得な~い」
  2. 「なんで色が聞かれるの?算数の問題じゃないの?」
  3. キツネの色を尋ねるなんて、普通に聞かれて分かるのは北極ぐらいじゃねぇ?

など、その手始めの第一反応は人それぞれ様々ですよね。

とにもかくにも、関連しそうな知識をいろいろと呼び出してくるというところから始まります。

もし、北極の生き物ってカテゴリーで図鑑を眺めたことがあって「へぇ~」って思った経験がおありなら、それも生きてきます。

地球儀を見ていて、「北極や南極に近いところでは経線と緯線が作る台形が三角形に近くなるみたいだ」なんて気付かされた経験も生きてきます。

ここが、何の経験もない場合はもちろんのこと、何の感動もしなかったとすれば、呼び出してくること自体が難しくなりますね。

どんなことでも何となくでも目にし耳にするということ自体が、まずは大切なことですが、とは言っても、上の空では経験しないことと同じことです。

もちろん、誰と会話することもなく感動を掴む子は居ますが、たいていは人との会話を通じて感動を掴むものです。

「感動」と言うと大げさ過ぎますが、「そうだったんだぁ!」といったような知った時・気付いた時の嬉しい気持ち・納得した気持ちが付随しないと、何も経験しないのと同じことなんです。

だからこそ、保護者さんや第三者との何気ない会話や指導者の巧みな導きは、とても重要な要素になって来ます。

自分一人でブレーンストーミングをする

関連しそうな知識をいろいろと呼び出してくることは、会社などでよくやられるブレイン・ストーミングの個人版とでも言えるでしょうか!

目的の概念を考えていると、自分の専門に関係のないことでも想起されて、これを呼び出して来た結果、大いに役に立ったなんてことは多くあります。

私の専門分野である機械設計においても、何も金属や非鉄金属、プラスティックの知識だけではなく、時には日常生活品である輪ゴムや革製品の発想が功を奏す時もあったりするわけです。

ですから、「勉強して何の意味があるんですか?」と考えているようでは、その時点で将来の自分の可能性の芽を摘んでいるようなものなんですね。

さて、この問題は、これらの呼び出して来た知識や経験を並べて統合していくことで、解答へ近づいていくことになります。

【帝都大学へのビジョン】の中でも書いていると思うのですが、こんな時に、僕なんかは一人でブツブツ呟いているわけですね。

呟いていると、たとえ未経験のことの中からでも「何かないだろうか?」と自然に探しに行ってたりするもので、たとえその時に結果が出なくても、何かを探すというアクション自体が知らず知らずに実になっていくものです。

すなわち、地球儀を考えてみることで答えが出るということに収斂されていきます。

私たちは普通、南→東→北→西と言われると、四角形をなぞるような形でイメージしますね。

しかし、正確に言えば地球は南北は経線に沿って進むことで、東西は緯線に沿って進むことです。
ですから、地球の場所によってこの四角形も微妙に違ってきます。

地球儀を見れば、経線と緯線が入っていますね。
これらの線で、台形に分割されているように見えますが、北極や南極に近づくにしたがって三角形に近づいてきませんか?

例えば北極点で、このルール通り南→東→北と進めば完全に三角形で閉じてしまいます。
北極点からスタートすれば、南→東→北と進むだけで元の場所に戻ってきてしまいます。

ついでに申し上げると、北極点から西や東に進むという言葉は意味をなしません。
北極点に立てば、東や西はありません。そして、北もありません。
ただ南があるのみですが、その南は四方八方に広がっているわけですね。

先ず心の赴くままの南に進んで(北に進むことも有り得ない)はじめて西や東や北の方角の意味が出てきます。

いかにして問題をとくか
いかにして問題をとくか

さて、南極にキツネは住んでいません。
そして、北極ギツネは生存し、しかも色は冬は白色、夏は灰褐色だそうです。

ですから、答えは一般的には【白】で正解ですが、正確には【冬ならば白色、夏ならば灰褐色】ということになります。
熊でも代用できる問題でした。

数学と見せかけた地理や生物の問題と言っても過言ではありませんね。

数学とは関係の無いことも一緒に感じることができますし、何故、南極には熊やキツネが居ないのかという素朴な疑問から、いろんな知識に派生し、発展していきます。

知識の材料は至る所に転がっていますよね。


現実世界

学部は違いますが我が後輩(京大情報工学OB)とある臨床医の言をご紹介しておきましょう。

たかが盲腸の診断すらできなくなっている医者が蔓延る世の中で、10人専門家がいれば8人はやぶだといっていいでしょう。
まして、ネット情報に至っては9人はやぶでしょう。

それぞれの周囲を見渡せば本当のプロといえる人はごく一握りだと誰もが知っているはずです。

その中で生活上の問題を切り抜けていくには、俗流社会学や俗流心理学・俗流分子生物学・俗流脳科学・俗流AIなんぞをこねくり回して遊ぶのでなく、知識、感性を自分の責任で磨いて対応するしかないですよね。


いくら教科書や※※※学会で教わったことがないからと言って、臨床経験を積めば、おかしい?と思う筈です。

文献的な情報の受け売りばかりだけで、自分達の頭を使って考えることがなくなっているのが現状です。

世間的には、お賢い人がなれると思われている医学の世界ですら、当事者や見る人が見れば、現実はこんなものです。

あなたの最寄りで、何もかも信頼できるお医者さんを探せれば、それは非常に幸運なことですが、まぁ十中八九紋切り型のことしか言いませんね。

それ自体は何の落ち度もないように見えますが、大いに患者を不利益に導いていることもあることを経験された方も多いのではないでしょうか?

ましてや、生命には関わらない教育の世界では、指導者がやぶである確率など、さらに高いことは目に見えています。

お子さんの成績が上がるための条件は、そもそも真面目にやる気持ちがない場合を除いては、

  • 勉強の仕方の流儀を我がものとして確立する
  • それぞれの実際の学習内容に関して、自分で自分を納得させる理解をする術を会得する

という2点を、自力あるいは第三者のサポートを得て確立するということ以外にはあり得ません。

ところが、そんなところは突いてくれないのが現実社会です。
たいていは、準備された模範解答を恭しくご教示頂いて、エラそうに「俺のようになれるだろ?」というスタンスではないですか?

準備していなければ、どれだけの指導者が慌てふためくことでしょうか?
準備しなければ移動できないこと、及び「それはそれで教育になることを受け入れられない指導者のナント多いことか?」ということが問題なのです。

どんな問題でも、現実には、ことによって他人をあてにすることほど実の無いことはないのは確かですから、先ずは、自分の流儀を曲がりなりにも確立すべく動くのが優先されるべきだと考えます。

何も、他人を信じるなと言っているわけではないことをご理解くださいませ。