において、

  1. を因数分解せよ。
  2. , のとき、 の値を求めよ。

数学のセンスを引き出すのは難問でもややこしい問題でもなく、基本としっかりキャッチボールできるような本問のような問題です。

出来る子も存外ここが理解できたということで一挙に突き進んでいけるのはこういった基本レベルでありながら体系的に理解を促す良問です。

の式の形は非常によく見かける形ですね。

見たことがないという諸君は、多分全然勉強していないか、出会っていても一つ一つの経験を丁寧に取り扱おうという気持ちがなく盲滅法に消化していただけなのだと思います。

そこそこ数学で点を取れる諸君は、問題見ただけで方針が立っているでしょうけれど、「自分の頭の動きを抽象化するとこういうことなんだなぁ!」とか「いや俺のとは違うなぁ!」とか批評しながら客観的に眺めてみるのもいい勉強になるでしょう。

だったらよかったのに!』って思いませんでしたか?

もし思わなかったというのであれば、基本中の基本公式 をこれだけではなく次のように並べてみてください。

ここでは厳密に数学用語では説明しませんが、右辺のダラダラした(この程度じゃ別にダラダラとは言えませんが)式は左辺の簡潔で綺麗な式にまとめることができる(因数分解ができる)ということとして、感覚的に今刻み込んで下さい。

一番上の式しか公式には載っていないから、問題に当たったことがなければ2番目や3番目の等式などを利用するとなると「ずるいヤ!」と思うかもしれませんが、 には何が入ろうと構わないのですから、今、この感覚を丁寧に経験しておいてください。

の替わりに を入れてやると、また違った式が出来上がります
ついでに、 も入れてみてください。

この時に出来る右辺の形も式の変形としての象徴的な式になりますから、これもセットで感覚的に刻み込む作業をすれば、数学センスが突如花開くきっかけになるかもしれません。

ここの感覚を掴んでおくと、本問題の式を見た途端に、頭に刻み込んだ右辺の式が想起されることでしょう。

だったら利用できる式があるのに・・・』となります。

ここからは、ちょっと違うから「残念」と諦めるのではなく、「こうだったらいいのにな」の形を採用してみて、ちょっと違う分(ここでは差分)は、その後で辻褄の合うように付け足してやるってことを体で覚えてください。

そうすると、この問題の場合は、もう一つの代表的な公式によって見事に解決に向かうことが分かります。

※ALLコース購入者の方で添削希望の方は画像かPDFファイルでお送りいただければ添削させていただきます。

現実世界

学部は違いますが我が後輩(京大情報工学OB)とある臨床医の言をご紹介しておきましょう。

たかが盲腸の診断すらできなくなっている医者が蔓延る世の中で、10人専門家がいれば8人はやぶだといっていいでしょう。
まして、ネット情報に至っては9人はやぶでしょう。

それぞれの周囲を見渡せば本当のプロといえる人はごく一握りだと誰もが知っているはずです。

その中で生活上の問題を切り抜けていくには、俗流社会学や俗流心理学・俗流分子生物学・俗流脳科学・俗流AIなんぞをこねくり回して遊ぶのでなく、知識、感性を自分の責任で磨いて対応するしかないですよね。


いくら教科書や※※※学会で教わったことがないからと言って、臨床経験を積めば、おかしい?と思う筈です。

文献的な情報の受け売りばかりだけで、自分達の頭を使って考えることがなくなっているのが現状です。

世間的には、お賢い人がなれると思われている医学の世界ですら、当事者や見る人が見れば、現実はこんなものです。

あなたの最寄りで、何もかも信頼できるお医者さんを探せれば、それは非常に幸運なことですが、まぁ十中八九紋切り型のことしか言いませんね。

それ自体は何の落ち度もないように見えますが、大いに患者を不利益に導いていることもあることを経験された方も多いのではないでしょうか?

ましてや、生命には関わらない教育の世界では、指導者がやぶである確率など、さらに高いことは目に見えています。

お子さんの成績が上がるための条件は、そもそも真面目にやる気持ちがない場合を除いては、

  • 勉強の仕方の流儀を我がものとして確立する
  • それぞれの実際の学習内容に関して、自分で自分を納得させる理解をする術を会得する

という2点を、自力あるいは第三者のサポートを得て確立するということ以外にはあり得ません。

ところが、そんなところは突いてくれないのが現実社会です。
たいていは、準備された模範解答を恭しくご教示頂いて、エラそうに「俺のようになれるだろ?」というスタンスではないですか?

準備していなければ、どれだけの指導者が慌てふためくことでしょうか?
準備しなければ移動できないこと、及び「それはそれで教育になることを受け入れられない指導者のナント多いことか?」ということが問題なのです。

どんな問題でも、現実には、ことによって他人をあてにすることほど実の無いことはないのは確かですから、先ずは、自分の流儀を曲がりなりにも確立すべく動くのが優先されるべきだと考えます。

何も、他人を信じるなと言っているわけではないことをご理解くださいませ。