学校に通っている間は、一般的に『頭が良い』という言葉は『物覚えがよい』と同値であるかのように捉えられがちです。

どうやら、心の本音の部分では、先生の教えたことを隈なく覚えている度合いを頭が良いことを計る尺度として捉えているようです。

それが故でしょうか、『記憶力信仰が抜けていないな』と思える本音の質問や発言が多いと感じます。
質問を頂く中でも、一定の割合で、「とは言っても、もっと効率的な覚え方を!」ということを強調される方が居られます。

ここから、すごく生意気な言い方をします。

「覚え方」という言葉を出された時点で、僕は、「この子(方)が伸びるのはまだまだ先だな、先になっても伸びるだろうか?」との心配が生じるのです。

「だから、いつまで経ってもウダウダとノウハウばかり探して肝心な勉強時間さえ短くしてしまうんだよ。何ともったいないことか!」と言ってしまうわけです。

生意気だと思われたら思われたで構わないのですが、僕は「記憶力!記憶力!」と気にすること自体の中に、自らの勉強に対する根源的な問題が潜んでいることに気付いて欲しいから敢えて言わせていただいていることを分かって欲しいのです。

当然、記憶力は重要です。
そんなことは言うまでもありません。
認知されるべき知識が記憶されていないようでは、思考すらできませんものね・・。

そうです。
何かを学び、それを修得するには、記憶力と思考力がともに必要です。
そして、世の中には記憶力が優れた人と思考力が優れた人の2種類があり、僕たちはそれぞれの間に分布しているのです。

さて、それでは、記憶するとはどういうことか?

スーパーの店員さんに「この商品はどこですか?」と聞くと担当売り場の店員さんであればすぐに誘導してくれますね。

これ、例えば研修で黒板とプリントだけで「この商品はここにある」と叩き込まれただけだったとします。
商品の種類は膨大な数です。
実際に配属されて、何かを尋ねられると多分すぐには誘導できないことは君たちも想像できますよね。

即ち、記憶しているということは、ひとえによく使い込んでこそ記憶になっていくという単純なことです。
よく使い込んでいる事柄は誰でも自然に覚えていくものです。
これは、頭が良いとか悪いとかとには関係ありません。

さて、これは依頼されて他のサイトで書いたことなのですけれども、僕の結論をお伝えするには、明治時代の評論家 生田長江の意見以上に適したものは無いと思いますので、そのまま引用しておくことにさせていただきます。(関西弁で訳しています)

引用した下記の文中に出てくる「和田守氏」とは、明治時代中期に帝国ホテルで記憶術の実演をした人物でして、現代においては『○○式記憶術』とか『右脳を鍛える』を主張している方たちに対応する人物としてイメージしてもらえば分かりやすいかと思います。

和田守氏がその実例として揚げたものを見れば、えらいバカバカしいものに見えますねん。

例えば、「吾妻橋上晩風涼」の一句を記憶するのに、次の七句を作らんといかんとか・・!

  1. 黨の人物なり
  2. 子離散せり
  3. 下を通る小舟あり
  4. 等の待合所
  5. 景に散歩す
  6. は空氣の流動なり
  7. を追うて墨堤に到る

隨分バカバカしいことでんなぁ!
これだけの長文句を覚えるぐらいなら、本文をそのまま覚えた方がメチャ楽やんかー!

その上に、例えば、「伊藤博文、大山巖、渡邊國武、陸奧宗光」の名前を記憶するために、次のような文章を作れと言うんですわ。

「井(伊藤)の水を汲み、白粉(博文)を溶して裝飾したる婦人庭外の小山(大山)に在る奇妙なる巖を眺め居る處へ其傍の渡の邊から國府の卷烟草を吸ひつゝムツ(陸奧)を持參して和歌の草稿(宗光)の添削を乞ひに來りし者あり。」

ご苦労なことでんな~。
これだけの文章を作る十分の一、百分の一の骨折りで、四~五人の名前ぐらい、すぐに覚えられまんがな。

よしんば、他人にこの暗記用文章を作って貰ったとしても、「こんな長い文章を覚えるのと四人の名前をそのまま覚えるのとどちらが簡単でっか~?」ということですわなぁ。

和田守氏が、外国語の記憶術として述べたものは、更にバカバカしい限りでっせ!
英語の一・二・三を覺えるのに、【① one→椀 ② two→通 ③ three→掏摸 ④ four→布織ル
⑤ five→婦愛部 ⑥ six→疾苦ス ⑦ seven→制文 ⑧ eight エー戸】などと記憶せよとほざきよる!

こんなものを記憶術なんぞと言うのならば、わざわざ紹介する必要がどこにありまんねん?
こんな程度のものは、日本でも古来・従来から行われてまんがな。

「蘭」の一字を覚えるために、「艸(ソウ;くさかんむりの意味)やあだちが門にモン立ててトウや東や蘭やアララギ」なんて歌がおますし、他にも、 京都の名物やら大阪・東京の名物などは歌に読み込んで覚えたもんですわ。

例えば、京なら、「水壬生菜女染め物針扇お寺豆腐に鰻松茸(みずみぶなおんなそめものはりおうぎおてらとうふにうなぎまつたけ)」のようにですわ。

要するに「記憶術」なぞと言うと、なにか不思議な魔法でも教へるのかと思いきや、実際は実に下らないものでしたわ。

記憶術も、うまく応用すれば利益があるに違いないとか、都合よくいったときは便利に違いないというのは分るけんどよ、そんなもん、うまく応用するということが難しいし、そんな都合よういかへん場合がほとんどでんがな。

たいていは記憶すべき事柄を一層複雜にして、一層混乱を増やすのがオチでっせー。

あるアメリカ人が日本へ来た際に、「おはよう(ohayou)」という日本語を記憶するために、米国の一州たるオハイオ(Ohio)に結びつけて、天晴れ記憶術を応用したんやそうな。

そんなつもりでいたたところが、ある日、日本人のおらっしゃる所へ行って、何と申したもんでしょう?
なんと、オハイオ州の隣にある「ケンタッキー」と言ったそうですがな。
そりゃぁ、九年母(クネンボ;柑橘類)のことを八年母と言ったより以上の騷ぎだったそうですなぁ。

ハーバード大学の心理学者ウィリアム・ジェームス先生も、「人為的なる記憶術は、畢竟効なくして却つて害多し」と仰っとります。
「害多し」ちゅうのは、心理上からも精神上からも発育を妨げるという意味からなんですなぁ。

とは言うても、所謂「記憶術」のような不自然なる記憶法は別として、自然なる記憶法もあることは、改めて説明するまでもおませんわなぁ。

さて、如何ですか?

世の中には『○○式記憶術』とか『右脳を鍛える』とかの情報が怒涛のように押し寄せてくるから、それもすごく簡単に修得できるかのように押し寄せてくるから、君たちの多くはその甘い言葉に惑わされるかもしれません。
しかし、記憶する方法なんて古代ギリシャの時代から何も変わることはないんですね。

僕が言っても信じてくれないでしょうから、まぁ1冊読んでみられるのもいいでしょう。
生田長江さんや僕のように、「なんじゃぁこりゃぁ」と感じたら、ごく平凡な普通の人だと思いますよ。
書いてあるような芸当はまず出来ないし、その前にする気が起きないと思います。

だから、古の人々と同じように自分なりにどんどん使い込むだけで、大方の何もしない人よりたくさん知識が貯えられるのは当たり前のこと。
それ以上に何を望むことがあるでしょうか?

古の人々と現代の私たちとどちらが頭がいいかと問われたら、多くのインテリたちは、昔の方が賢いと答えているほどです。
現代においても、『○○式記憶術』とか『右脳を鍛える』を唱えている人々は、有名かもしれないけれど俗物人間ばかりではないですか?

まっとうな識者は大抵このような論調ですよね。
ですから、表向きは『丸暗記することは勉強ではない』と言っておかねばカッコ悪いから言っているけれど、実際やっていることは試験前に必死に丸暗記という子は意外に多いのではないでしょうか?

分かっていながら実りの無いその場凌ぎの方法で切り抜けているだけなんです。
そんな人を、社会が欲しがるわけがないですよね。

徹底的に次の5原則を、今信じて歩み始めて欲しいのです。
そうすれば、「もっと効率的な覚え方」などは自分で工夫していくようになりますし、たかが大学受験レベルでは、それほど追求するべきほどのことでもありません。

末永く多くのことを記憶に定着させる5原則

  1. 理解して覚えること
  2. 関連付けて覚えること
  3. 整理・体系化して覚えること
  4. 実際に使って覚えること
  5. 記憶のメカニズムに則して覚えること

これを信じることが出来ないなら、僕は君の成績アップの保証は出来ません。
もっと魔法を求めたいというなら、君の成績アップの保証は出来ません。
逆に、いつまで経っても成績がアップしない保証はしても構いませんよ。

「記憶力!記憶力!」と気にしているのは、結局どれ一つ実行できていないからこそ出てくるのだと思いますね。

5番目の記憶のメカニズムは知識と経験則がないと分かりづらいことは確かですから、歩こうとしない人は人から教えてもらうしかありません。

でも、4番目に関しては、先に記事としていた『黄金の鍵』の『出力せよ!』が大変熱心に読まれているところに手応えと希望を感じています。

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京都大学工学部OB2名と大阪大学大学院工学科OBの3名、しかも全員ハードエンジニア出身(教師転身2名)で執筆していますから、商売人や学生上がりのような根拠のない、いい加減な甘言は書いていません。

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