このページは僕の予想に反して、閲覧時間が非常に短いことは残念です。

勉強が出来るようになりたいという願いがあるのならば、「反復」というキーワードよりははるかに上位に位置し、最も手っ取り早く最も確実な方法論の真髄を端的に表した最高のキーワードなのですが・・・。


前回は「理解」と「暗記」について記しましたが、今回は、語ること自体で、購入された方からはクレームが来てもおかしくないほどに「勉強する」ということの核を成す成分をご披露します。

でも、以下の文章ごときで、その本質を汲み取り、ものに出来るのであれば、僕たちの集大成なども必要ないということになると考えますから、問題はないでしょう。

その核は、「出力せよ!」ということです。

この言葉の対象には、英語も数学も社会も理科もありません。
大学受験も資格受験もないんです。
全てにおいて「出力せよ!」です。

このことが出来ていれば、どんな試験にだって不合格になるはずはないとまで言い切れます。
おそらく、言葉は知っていながら実際に出来ている人は少ないと思いますよ。
いつか悩んだときに、この言葉を思い出してください。

耳で聞けば、「どこかで書かれていたような」気がしますから、当たり前に思うかもしれませんが、意外に一般化された形で書かれていないものです。
学びの枝葉を羅列する書は多いですけれども、本質を強く指摘している書は意外に少ないように見受けられます。

私事になって恐縮ですが、僕は中学終了時のごく平均点の大集団レベルの席次でした。
誰も僕のことを成績がいい奴だなんて思っていなかったですよ。

そこから、高校時代の勉強を経て京大1本、滑り止め一切無しでも「滑るはずがない」「合格できる」という確固たる自信を持てた全ての根拠は、この3年間の「出力せよ」にあったと確信をもって言えます。

本当は理学部に行きたかったのですが、母子家庭が故に浪人できないこと、学者の道は無理だろうと自分で勝手に決めてかかって工学部を選んだことで、確信も100%持てたのかもしれませんが・・・。

その当時、勉強法の本なんかあったのかどうかも覚えていませんが、とにかくそういった類は一切読んだ覚えがありません。
「出力せよ」というのは、何も考えることなく勉強し始めた当初からはっきり意識できたんですね。

僕が今回「ビジョン」で集大成したことは、それを掴むために悩んだ覚えも全く無いほど、やりながら自然にそうなった勉強の仕方なんです。
他の二人も全く同じです。

ですから、今これを読んでいる君も、「出力する」勉強を追及すれば、それだけで相当な進歩が手に入れられるはずです。
出来る子と出来ない子を並べて勉強させれば、出力行動の有無という現象としてはっきり区別できますけれど、僕が教えた教え子も最初は全くこの「出力する」勉強ができていなかったですから、潜在力があってもここで停留している子が多いことが分かりましたね。

「とは言っても、分からないから出力できないんだよ」と君は不満を漏らすかもしれません。

でもね、出力しなかったから、今「分からない」という基礎学力の無い状態に陥っているんだということを、今はそのままでいいですから肝に銘じてください。

どこかで、この負の連鎖に楔を打ち込んで止めていかないと、差は広がる一方で、同じ差をキープするとか差を縮められるなんてことは絶対にありません。
偏差値の差では、それほど変わることはないかもしれませんが、実力の差は拡がる一方です。
ここのところでしっかりと考えてみてください。「ではどうするか?」と・・・。

やり方は、人それぞれの特性によって最適な手法は違ってくるでしょう。
が、共通してもって行かなければならない最終の目標点があります。
【自分の力で全てを出力する】という1点に持っていかねばなりません。

基礎学力の無い君なら、いきなり目標地点に到達できるはずはありません。
しかし、1年がかりであれば相当近づくことが出来るということは確実ですから、一歩ずつこれを日々意識的に実行していくことしかありません。

これをするにあたって、親切すぎる教育産業のペースに巻き込まれることは、この最終目標への到達を非常に遅らせるという認識を持っておくことが重要です。
上手く利用はできますが、いつまでも利用していては結局利用されているということにしかならないことを意識してほしいのです。

ここまでを読んで、明日から「出力する」ことを追求していくことに徹すれば、必ず何かが見えてくるはずです。

最後に、このことを実行していく上で、明日の宿題だとか今学期の学校の成績だとか目先のことばかりに囚われていると、なかなか真に実行はできないですよ。

もちろん、目先の課題をこなしながら進めればいいのですが、基礎学力を付けるまではプラスアルファの勉強時間がどうしても生じてきます。

本当に「出力する」ことが出来ていれば、意外に時間などは苦にならないと感じます。
ですから、時間の増加が苦になるかならないかは、「出力する」勉強が出来ているかどうかの一つの指標になると考えてください。

「出力する」こと無しに、成績が良い子が居れば教えてください。
そんな子が居れば、人間国宝に指定してもよろしかろうと思います。

現実世界

学部は違いますが我が後輩(京大情報工学OB)とある臨床医の言をご紹介しておきましょう。

たかが盲腸の診断すらできなくなっている医者が蔓延る世の中で、10人専門家がいれば8人はやぶだといっていいでしょう。
まして、ネット情報に至っては9人はやぶでしょう。

それぞれの周囲を見渡せば本当のプロといえる人はごく一握りだと誰もが知っているはずです。

その中で生活上の問題を切り抜けていくには、俗流社会学や俗流心理学・俗流分子生物学・俗流脳科学・俗流AIなんぞをこねくり回して遊ぶのでなく、知識、感性を自分の責任で磨いて対応するしかないですよね。


いくら教科書や※※※学会で教わったことがないからと言って、臨床経験を積めば、おかしい?と思う筈です。

文献的な情報の受け売りばかりだけで、自分達の頭を使って考えることがなくなっているのが現状です。

世間的には、お賢い人がなれると思われている医学の世界ですら、当事者や見る人が見れば、現実はこんなものです。

あなたの最寄りで、何もかも信頼できるお医者さんを探せれば、それは非常に幸運なことですが、まぁ十中八九紋切り型のことしか言いませんね。

それ自体は何の落ち度もないように見えますが、大いに患者を不利益に導いていることもあることを経験された方も多いのではないでしょうか?

ましてや、生命には関わらない教育の世界では、指導者がやぶである確率など、さらに高いことは目に見えています。

お子さんの成績が上がるための条件は、そもそも真面目にやる気持ちがない場合を除いては、

  • 勉強の仕方の流儀を我がものとして確立する
  • それぞれの実際の学習内容に関して、自分で自分を納得させる理解をする術を会得する

という2点を、自力あるいは第三者のサポートを得て確立するということ以外にはあり得ません。

ところが、そんなところは突いてくれないのが現実社会です。
たいていは、準備された模範解答を恭しくご教示頂いて、エラそうに「俺のようになれるだろ?」というスタンスではないですか?

準備していなければ、どれだけの指導者が慌てふためくことでしょうか?
準備しなければ移動できないこと、及び「それはそれで教育になることを受け入れられない指導者のナント多いことか?」ということが問題なのです。

どんな問題でも、現実には、ことによって他人をあてにすることほど実の無いことはないのは確かですから、先ずは、自分の流儀を曲がりなりにも確立すべく動くのが優先されるべきだと考えます。

何も、他人を信じるなと言っているわけではないことをご理解くださいませ。