2012年に限らないけれども、東大の入試問題を見たことがあるだろうか?
東大というだけで端から見ないのも、惜しい程にきっかけのチャンスを逃していると言えるのではないだろうか?

僕は、友人のあるサイトでZ会のスタッフの方と遣り取りする機会がありました。
その内容は、毎年、目に見えて数学能力は低下しているとのことだったんですね。

実は、担当教授の研究(発達教育学)を手伝っている僕の娘が整理していた小学生のフィールド・データを見て愕然としたことがあるんですね。
それで、東大がこのレベルの入試問題を出題する理由が分かった気がしたんです。

この意味が分かってもらえるでしょうか?
素直に言い切ってしまえば、昔、普通に勉強していた子がタイムスリップして今東大を受験すれば、ほとんどその子たちで合格者を占めてしまうでしょう。

逆に言えば、今こそ、普通に基本をしっかりと積み重ねれば、平凡な君でも東大を十分に射程範囲に入ることが出来るということに他なりません。

おそらく、今の東大合格者の下半分は密集状態・団子状態での合格ではないかと推測せずにはいられません。
本当に基本だけをしっかり積み重ねただけで、中位で合格できるのではないかと思うほどです。

簡単なことからしっかり積み重ねる。
俗に言われる「基本をしっかりやる」という言葉です。
この大切さを理解し、焦らずに実行するだけで、相当なレベルに達することが出来るという以上に、自立と自律ができた普通の大人になっていけると僕は思うのです。

一度、騙されたと思って東大入試問題を見るだけでも見てみてください。
今は解けなくても、「俺でもなんとなく分かるよ」という感触を持たれるのであれば、今からしっかり基本を積み重ねていくことで、そんな君でも東大が手に届くところに行くには、それほど時間はかからないでしょう。

よく、中学数学の復習から手を付けろと言われることがあると思います。
実際、ほとんどの子はそうした方が結局は得策と言えるようなレベルだと僕も思います。
しかし、どんな分際でも、それはカッコ悪いと思うのが人間の心なんですね。

今、高校生で中学の復習なんて体裁が悪いと思うのであれば、高校数学のとっぱしから、徹底的に理解することを目標に勉強してください。
そこで、引っかかることや分からないことが出てきたら、中学の復習まで遡らざるを得ないはずです。

それだけに徹して、今習っているところまで追いついてごらんなさい。
そのときには、君は学校レベルごときではトップクラスになっていることでしょう。
それほど、ほとんどの子は、たとえ塾に通ってようが、「分かったつもり」のレベルでしかないということです。

人の見えないところで、こんなことすら嫌で曖昧に過ごすと言うなら、成績を上げたいとか、いい大学に合格したいなどという願望は、すでに身の丈に合っていません。

頑張ることを避けて宝物を得ようとする人間と基本の大切さを信じることのできない人間には望む資格すらないと僕は考えます。

どうにでも生きていけるのだからと安易に考えるのは勝手ですが、フリーターの仕事でさえ激烈な競争にならないと誰が言い切れるでしょうか?

今頑張らない人が将来頑張るようになる時が来るとすれば、そうしなければ明日が無いという極限状態でしかあり得ないでしょう。

僕たちの「帝都大学へのビジョン」で偏差値30台半ばから一躍成績を上げた教え子は、目標が最難関の一角である医学部でなく、理三以外の東大ごときなら確実に受かっていたレベルに達しました。

無名の高校に通っていても、まずは決意ありきがスイッチとなるわけですけれども、そこをクリアすれば、簡単なことからしっかり積み重ねることをスタートさえすれば、はっきりと目標は近づいてくる例を見事に示してくれたのです。

有名進学校から一流大学に当たり前のように進むライバルより、はるかに尊いことだと僕は感動しています。
だって、自力で飛躍することを彼は学び取ったわけですから・・。

「学び」の方法論としての【黄金の鍵】は、すでに出尽くしました。
君は、溢れんばかりの情報を何日ダラダラと読んで来ましたか?
いっぱいありすぎて、本質はこれだとすらまとめることが出来ていないのではないですか?

徹底的に理解することを目標に、出力する勉強で、簡単なことから積み重ねる。
その結果が、定着した知識そのものになって知らぬ間に蓄積されていく。

これを信じることが出来ないならば、全ての覚えることを何かのイメージや記号に置き換えて丸暗記する勉強をされればいいのではないでしょうか?

現実世界

学部は違いますが我が後輩(京大情報工学OB)とある臨床医の言をご紹介しておきましょう。

たかが盲腸の診断すらできなくなっている医者が蔓延る世の中で、10人専門家がいれば8人はやぶだといっていいでしょう。
まして、ネット情報に至っては9人はやぶでしょう。

それぞれの周囲を見渡せば本当のプロといえる人はごく一握りだと誰もが知っているはずです。

その中で生活上の問題を切り抜けていくには、俗流社会学や俗流心理学・俗流分子生物学・俗流脳科学・俗流AIなんぞをこねくり回して遊ぶのでなく、知識、感性を自分の責任で磨いて対応するしかないですよね。


いくら教科書や※※※学会で教わったことがないからと言って、臨床経験を積めば、おかしい?と思う筈です。

文献的な情報の受け売りばかりだけで、自分達の頭を使って考えることがなくなっているのが現状です。

世間的には、お賢い人がなれると思われている医学の世界ですら、当事者や見る人が見れば、現実はこんなものです。

あなたの最寄りで、何もかも信頼できるお医者さんを探せれば、それは非常に幸運なことですが、まぁ十中八九紋切り型のことしか言いませんね。

それ自体は何の落ち度もないように見えますが、大いに患者を不利益に導いていることもあることを経験された方も多いのではないでしょうか?

ましてや、生命には関わらない教育の世界では、指導者がやぶである確率など、さらに高いことは目に見えています。

お子さんの成績が上がるための条件は、そもそも真面目にやる気持ちがない場合を除いては、

  • 勉強の仕方の流儀を我がものとして確立する
  • それぞれの実際の学習内容に関して、自分で自分を納得させる理解をする術を会得する

という2点を、自力あるいは第三者のサポートを得て確立するということ以外にはあり得ません。

ところが、そんなところは突いてくれないのが現実社会です。
たいていは、準備された模範解答を恭しくご教示頂いて、エラそうに「俺のようになれるだろ?」というスタンスではないですか?

準備していなければ、どれだけの指導者が慌てふためくことでしょうか?
準備しなければ移動できないこと、及び「それはそれで教育になることを受け入れられない指導者のナント多いことか?」ということが問題なのです。

どんな問題でも、現実には、ことによって他人をあてにすることほど実の無いことはないのは確かですから、先ずは、自分の流儀を曲がりなりにも確立すべく動くのが優先されるべきだと考えます。

何も、他人を信じるなと言っているわけではないことをご理解くださいませ。