スタディサプリorICT学習は1段目のロケットに過ぎない
近年、ICT(Information and Communication Technology=情報通信技術)を利用した学習全般へのサービスが本格化して来た印象があります。
ICTを利用した学生たちへの教育については、提言されてからはすでに久しく、一人に一台のタブレット端末をといった国の方針もある中で、現在までも様々な試行や製品化がなされて来ましたが、これといった成果を上げることなく現在にまで至っていると考えてもよいのではないでしょうか?
ただ、一口にICTと言っても、インタラクティブな(双方向性を持った)eラーニングや今回話題にしている「スタディサプリ」のような映像講義からプリント学習型・プログラム学習型学習アプリやデジタル教科書まで、いろいろな形態がありますから、これも一括りにして論じることはできません。
そんな中、映像配信型講義に属するリクルート社の「スタディサプリ」が登録者25万人とも30万人とも言われるほど、メジャーな存在に成長してきているようです。
ここでも、やはり百貨店vsスーパーvsコンビニ的なサービス競争が出現して来たと言えましょう。
要するに、元々VOD方式・衛星通信方式で先駆をなした東進ハイスクールの延長線上にインターネットの普及を追い風にしながら大手予備校やZ会が後追いし、さらにその延長上に価格破壊というインパクトを乗せて「スタディサプリ」は登場して来たという経緯があります。
「スタディサプリ」の登場は、やはり、価格破壊は、その代わりにサポートは全くないというデメリットを打ち消してしまうほどの威力があったということか、あるいは、サポートまでは必要としない層が意外に多かったという単純な事実を表すに過ぎない現象なのかもしれません。
いずれにしても、この講義の映像配信スタイルは、ICTのサービス中では、唯一、世の中のニーズに応え、安定的に定着し得るサービスとして先陣を走っていることは間違いないでしょう。
ところが、「スタディサプリ」に限らずICTを利用した学習全般への専門家の議論ですら、ほとんど語られることのない落とし穴というか大きな欠落点があることをお伝えしなければなりません。
勉強とは2段式ロケットであるという認識の欠落です。
2段目が機能して初めて「勉強」全体の効果が決定されるという点が抜け落ちたまま、1段目を比較対照するだけで勉強全体の効果に結び付けようとしたり、あるいは、本来2段目で主たる役割を果たすべき機能を1段目に要求するかのような論議がなされたりしています。
サービス自体のPRやサービスの比較でこのような欠落があることは、ある意味仕方のないことなのかもしれませんが、ICTに批判的な専門家ですら、学習全体の流れからそのサービスのことだけを分離し、しかも総合すること無しに全体を論じるている片手落ちは残念なことであり、勉強の全体像をぼやけたものにしてしまっています。
読み手に、「ICTだけで、さも勉強が完結しなければならない」かのような錯覚すら与えかねない言説が多いように思われます。
このことは、逆に言えば、「通っている塾で思うような成果が上がらないから、さらにスタディサプリをさせてみようか」などという、とんでもない無駄を重ねることへの推奨にも繋がりかねません。
ICTであろうが塾であろうが、これらのサービスは勉強ロケットの第1段に過ぎないことが、どうもなおざりにされているのではないかと思われます。
「2段式ロケットとは何か?」という点に関しましては、簡単には、
- 第1段・・・INPUT:知識情報を感知する:勉強の準備
- 第2段・・・OUTPUT:感知した情報を自らの意味世界に翻訳して脳に出力する:勉強の本番
と考えて以降をお読みいただければ分かりやすいかと思います。
スタディサプリは君にとって有益なのか?
誤解のないように、最初にお断りしておきたいと思うのですが、当記事は「スタディサプリ」を批判するものではありません。
というか、「サプリ」と命名したことに、ある種の安堵感と親近感すら感じているものです。
そして、「スタディサプリ」のサービス自体は、先ほど申し上げた通り、すでに普及している先駆者の東進さんはじめとする映像配信形式講義を提供するというサービス形態と同じものです。
謂わば、映像化することで、いつでもどこでもオンデマンドで講義が受けられる特徴を持たせたわけですが、講師の講義を視聴するという点では、何ら普通の塾と変わることはありません。
もっと言えば、学習内容を君にインプットするためのサービスだという分類分けまでに遡ると、普通の参考書と同じ階層に位置するものとすら言えます。
ですから、「スタディサプリは有効か?」と問うことは、「〇〇塾は有効か?」と問うことと同じ次元の問いであって、となると、答は当然ながら、「人によってまちまち」ということにしかなりません。
塾の口コミなどを見られたことがあれば、実によくお分かりいただけるのではないでしょうか?
価格破壊を持ち込んだ「スタディサプリ」は、当然ながら一般的な生徒のニーズに応えることをコンセプトにしなければならなかった筈です。
所謂「万人向け」の講義を生徒たちに提供することで成り立つ「スタディサプリ」においても、その口コミは評価する意見・感想が優勢とはいえ、やはり「人によってまちまち」という点では例外ではありません。
さらに、実際の効果として評価されている声は意外に少なく、むしろ「面白かったけれど成績には直結していない」という声が多いようです。
【塾コミ】さんの口コミ最新100件から成績・偏差値の推移を採ってみますと、「成績がアップした」は13件、「ダウンした」が3件ということになりましたから、ほとんどは成績に変化はなかったというところに落ち着きます。
もちろん、成績や偏差値はすぐに上がるものではありませんから、口コミをされた段階では変化がなかったと受け取らねばなりませんので正確な最終結果は分かりません。
しかし、成績を変化させる部分は、インプットの良し悪しではなく、その後、如何にアウトプットに繋げたかという部分になりますから、塾に行っても特に成績は上がらなかったという結果と本質的に同列のことであり、ごく自然な結果だと思います。
さて、私も、youtubeで「スタディサプリ」の講義を拝見してみました。
流石に一流人気講師を使っているという印象は受けましたし、いい講義をされていると感じました。
英語の関先生ですか、流石に本質から紐解こうという意図がはっきりと伝わる良い講義だと感じました。
ここでご紹介しておりました動画はいつの間にか非公開となっておりました。m(__)m
私も、「習慣」「真理」だとかの鬱陶しい文法用語はほとんど無視。そこは感覚でしょって感じでした!
ですから、リアルでは受講できないような人気講師の講義が受けられるという点では素晴らしいことです。
しかし一方では、「どこまでが万人に入るのか?」「関先生の言葉に、どれだけの子が気付きを得るのか?」という素朴な疑問も湧きました。(上の講義ではなかったのですが…)
と言いますのは、講師さんや講義にも依るのですが、受ける側に、やはりある程度の「受け取る力」がないと効果を望むには難しいシーンも多々あるということを感じてしまったからです。
これは、講師さんや「スタディサプリ」そのものにケチをつけているわけではなく、マスで指導する場合にはある程度平均値を目途に指導せざるを得ない宿命としか言いようがありません。
ここで、実際の口コミからメリットデメリットの部分を抜粋しながら、ICT全般も絡めながら、勉強の本質との関連でコメントをまとめておくことにしましょう。
スタディサプリのメリット
- 理解力がある人には向いているが、そうでもない人は塾の方がいい。(中学生)
- 自分で毎日無理なく好きなときに好きなだけとりくめるというのがとてもうちの子に向いていたいた。(高校生保護者)
子供のペースで出来るのがいいです。ライブ授業も何度も見れるので、その点は凄くいいです。 - 料金はかなりリーズナブルだと思います
- その場で間違いが確認できてすぐにもう一度間違えたところの勉強が出来るのがよい(小学生~中学生)
- 便利なスマホでできるものということもあり、とにかく便利。
講師は、理解していることを前提に講義を進めていきますから、あらかじめテキストで勉強してから講義を聞き、分からないところで映像を止めてテキストと対照しながら理解しようとする作業ができない場合や作業しても理解に至らない場合は、継続ができない可能性が大きくなります。
こういったケースでは、個人指導塾あるいは補習塾で、「まず理解する」訓練に重きを置いてスタートすることが結局は近道になるでしょう。
「いつでも、どこでも出来る」ということは「結局やらない」という結果に終わってしまう可能性も大いにあるということも頭に入れておかれた方が賢明です。
投稿者さんのように、部活をしている場合も含めて、規律ある生活の習慣が根付いている場合には重宝なメリットとなりますね。
この点は間違いなくお安いですが、その分、サポート・フォローは事務的な部分しか期待できません。
その意味で、講義を聞いて面白さをもって理解し、サポートがなくても第2段へ繋げていける生徒には最適ですが、それが出来る生徒であれば、もともと不要であろうというジレンマが発生します。
一般的な生徒をターゲットとしているとはいっても、一流人気講師を使っているため、基本的な理解ができない生徒には難しい場合もあるでしょう。
これは評価できる点ではありますが、その場で視聴覚だけで処理して後は放置しているのだとすれば、せっかくのメリットはその内消えてしまいます。
ICTの最大の欠点は視聴覚だけで処理して、分かった気になってしまうところです。
スマホに限らず、パソコン・タブレットも含め、これを便利と捉える方は非常に危険です。
いみじくも、同じ投稿者が、「スマホを触る時間がスタディサプリより増えてしまうのが難点」と続けておられるように、ついでに遊びの時間を勉強した時間以上に費やせば、せっかくした勉強がほとんど無駄に帰してしまいます。(研究結果としても報告されています)
そういった意味で、よほど自分を律することが出来る精神、ネット閲覧をコントロールできる精神が出来ていないと、逆効果の危険が現実化してしまいます。
さらに、スマホで視聴する場合は、黒板に書かれた字が小さすぎて、拡大を繰り返さなければ分からない場合もあることを覚悟しなければなりませんので、特にスマホで勉強すること自体が非効率であると断言しても宜しかろうと思います。
スタディサプリのデメリット
- タブレットで動画を見ていると目が疲れるようです。(多数)
- サポート体制が残念です。(多数)
- 最後のドリルは回答がすぐ分かってしまうので、ちょっとそれは残念です。あと、問題がやや易しすぎるので、やる気が湧いてこないような気がします。(中学~高校 )
個人差は避けられませんが、ICTを利用する学習では付きものの悩みですね。
他のデメリットをも考慮すると、少なくとも学習の本番である第2段の勉強を、目の疲労という代償を払ってまでICTで行うことは致命的な時間の浪費となります。
教科書や参考書のインプット作業を確認・補強する第1段のインプット作業として、第2段へ繋がるような有意義な講義を映像で視聴することに止めるべきです。
この値段で丁寧なサポートやフォローが付いていれば、間違いなく破産してしまいます。
分からない点を整理して、学校の先生や塾の講師に質問しに行くぐらいであれば何のデメリットにもなりません。
ドリルなどのプログラム学習は、パターンで説明できる簡単な内容でしか実現できませんから、本当に決まりきった基礎を学習する場合にしか有効ではないことを知っておかれるとよいと思います。
悪い言い方をすれば、プログラム学習型教材はお遊びの延長上にあると考えておかれた方が無難でしょう。
この点はコースにも依ると思うのですが、後述しますように、ドリル的な要素としてアウトプット学習においてICTを利用することは、デメリットこそあれメリットは確実にないと確言致します。
第2段目の勉強は、少なくとも自分の手で書くことをしない限りは、第1段目のインプットがどんなに素晴らしいものであったとしても、その効果を台無しにしてしまいます。
総じて言えることは、「この参考書よりあの参考書の方がいいよ!」とか、「ネット講座はいつでも好きな時に受けれるからいいよ!」といった評判だけで、それに切り替えたとしても、決して成績とは直結しないことです。
今、塾に通っている場合に、「こちらの方が向いているかどうか?」を見極めるために試してみることはいいことだと思うのですが、「さらに追加してみよう」とするのであれば、それは単に一番大切な第2段の勉強をさらに放棄することに繋がりますから、全く無意味であることだけは申し上げておきたいと思います。
これらの過ちは、学習・勉強というものを第一段のインプットだけで完結する、あるいは、ICTだけで完結するものとして誤解してしまうところにその元凶があります。
「スタディサプリ」にしてもその他のICTを利用した学習にしても、単に勉強の準備を完了させるためであり次のステップをより有効にするためのサービスとしてしか存在し得ないことを考えて頂ければと思います。
以上のように考えますと、
- 経済的な負担が大きいので塾には通えないけれど、成績を上げるきっかけを求める気持ちがあること
- 塾に通っているけれども、youtube等で公開されてる無料講座を視聴して、「これなら変えてみる価値がある!」と思えること
- 自分を律して継続する決意及び他の誘惑に負けない覚悟と決意を持てること
- 教科書や参考書を読めば、日本語としての意味は理解することができること
- テキストと対照しながら分からない点を自分で整理し、分かろうとする手立てを講じる決意を持つこと
を満足するようであれば、有効に活用できる可能性が生まれるのではないでしょうか?
最後に、ICTを利用した学習全般の持つ特質と勉強の本質とについて大切なことを考えておきたいと思います。
デジタル教科書に見るICTとの付き合い方
現状、ICT利用として定着、普及していると見えるのは、本記事にて主題とした【映像講座】の形態ですが、その他にもデジタルプログラム学習(ドリル)やデジタル教科書及びデジタル参考書等への展開も見られます。
この中で、国も力を入れているデジタル教科書及びこれに伴って派生するであろうデジタル参考書を通して、ICTを利用した学習の問題点を眺めていきましょう。
さて、学校の授業や塾の講義は基本的に教科書や参考書を軸にして進められます。
すなわち、第一段目のインプット作業時においては欠かせないものです。
しかし、教科書や参考書は、ただ単にここでだけ使われるものではなく、インプットすべき内容を自分の脳に叩き込むための第2段での作業時にも、何度となく使われるものですね。
ここがポイントです。
これらをデジタル化してしまうとどういったことが考えられるでしょうか?
第1段のインプットだけを考えれば、一通り読むとか、授業や講義と対照するために必要な個所を参照するとかの用途として特に大きな問題はないだろうと思いますが、第2段の目的のための学習となると、同じ教科書内を行ったり戻ったりすること、教科書と参考書の間を行ったり来たりなどという動きが多くなります。
このことを考えると、デジタル教科書・デジタル参考書には致命的な欠陥が浮かび上がって来ます。
勉強とは、学習したことを自分の意味世界に落とし込み整理することで初めて完結しますが、そのためには、同じ教科書や参考書を行ったり来たりしなければなりませんし、また、教科書、参考書や資料との間で横断的に行ったり来たりする必要が出てきます。
一部分しか視界に入らないPCやタブレットは、単にサラッと順方向に一読するという面では問題はありませんが、勉強の本番に相当する作業では、この行ったり来たりの作業のために、検索したり画面を切り替えたりしなければなりませんから、非常に非効率と言えます。
ましてや、スマホでとなると、この作業だけで嫌になってしまうのではないでしょうか?
少し例が違うかもしれませんが、CAD(Computer aided design=コンピュータ設計)のお話をしますと、図面を引く上で、何らかの製品を使う場合がしょっちゅうあります。
そういった時に、手元に紙ベースのカタログがあれば、たとえ分厚くとも、項目を絞ってお目当ての製品の付近を開き、どれを採用すべきかとチョイスするのに便利ですが、デジタルカタログになると、まず辿り着くまでに相当手間がかかる場合も多々あります。
もちろん、複雑な外形図が実にリアルな図として描けるというメリットはありますが、間延びした時間によって集中力が分断されてしまうということにも繋がって来ます。
単に非効率の問題だけで済むのであればいいのですが、問題は、流れが分断されることによって間違いなく意欲の減退と喪失が伴うということです。
行ったり来たりをしなければならない以上、これは致命的なデメリットです。
検索という行為は、紙ベースでパラパラとめくって探すのとは違って、機械の方が自動的に探してくれますので便利なシーンもある反面、「探したときに、確か、あの辺にあったなぁ!」などといった記憶を手繰り寄せる手掛かりに繋がるエピソードも全く生み出しません。
紙ベースでは探しながら目に飛び込んで来た情報を気に留めたり、探しながら考えを巡らす機会があるわけですが、ICTでは、検索というボタンを押すだけで無思考状態で即座に結果を得られますから、自力で考えようとか問題解決しようという意思をどんどん削いでいきます。
要するに、機械が全部やってくれるという機械依存症が思考力・類推力を著しく後退させます。
勉強の本番となる第2段目の勉強をするにあたって、ICTを利用した学習は総じて次のような致命的な欠陥が存在します。
- 紙面全体や複数の資料を全体を俯瞰することができない
- 検索することが習慣化し、理解や問題解決のために思考する時間を否応なく奪う
- 手で書くという作業の喪失は思考することの喪失を意味する
- マルチタスクやサクサク閲覧の習慣が思考力・集中力を妨げる
(あり余るほどの情報の多さに溺れると思考力・集中力を無くす)
脳を機械に任せたら終わりです
これらの致命的な欠陥が、今まで繰り出されて来たICTを利用した学習において、現実的に一向に成果が現れない理由であり、教育の現場からもICT化に対する疑問や不安が絶えない理由であると確信できます。
これらの項目は、科学的データとしても次々と報告されていますが、20年間ネットの変遷をつぶさに見て来た私の経験や実感からも帰結されるところです。
国はデジタル教科書の導入に力を入れていますが、デジタル教科書先進国だった韓国でも縮小を余儀なくされているようですし、以上のことから予測するに間違いなく裏目に出るのではないかと考えます。
そこを無理矢理にでも形にしていくのだすれば、文明のランクを大きく下げる結果を招くのではないかと危惧されます。
浪速の芸人、上岡 龍太郎 氏がダイエットに関して残した名言【エスカレーターに乗っても歩きなさい。自分を機械に任せたら終わりです】は、勉強についても同様に箴言であることを再確認しておきたいものです。
ICTを使っても(手で)書きなさい。脳を機械に任せたら終わりです。
ICTは1段目のInput学習だけに上手く使いなさい。
2段目の本番をICTに任せたら終わりです。