私たちが日々行っている行動は、そのほとんどが習慣によって無意識になされるものと言えます。

朝起きれば顔を洗い、歯磨きをし、朝食を食べて、決まった時間のバスや電車に乗り学校や会社へと向かいます。

これらの行動をするにあたって、私たちは何か理屈を考えて行動しているわけではありません。
「これをするぞ!」という意識なく自然に体が動いている筈です。

我が家の愛犬も、朝5時に玄関を開けてくれと合図し、5時40分には散歩だぞと寝床まで催促に来ます。
これらは、皆【習慣】と呼ばれるものによる行動です。

あなたのお子さんが、学校や塾や遊びからから帰って来た後、少し休憩してから勉強するのも習慣ですし、スマホ三昧の時を過ごすのも習慣です。

習慣を形成する脳回路

さて、2014年6月に”Scientific American”誌から、習慣を形成する脳回路に関する研究報告が掲載されました…MITの脳科学者M.Graybiel教授とダートマス大学心理学者S.Smithの研究報告です。

日本では、日経サイエンス2015年5月号に掲載されています。

この研究報告を軸に、習慣というものに向き合っていきたいと思いますが、習慣を形成する脳回路がピンポイントで特定されたからと言って、そのことだけで私たちの現実生活での習慣をどうこうできるものではないことを最初に宣言しておきたいと思います。

すぐに「潜在意識」だのなんだのにリンクさせて商売に結び付ける情報が多いようですが、研究の成果が、これらの俗情報に正当性を与えるものでは決してないということを判断する目が必要です。

そのことだけ頭に置きながら、その概要を少し整理しておきましょう。

習慣は如何にして作られるか?
図 1

引用:Scientific American誌

月刊科学雑誌 『日経サイエンス』

習慣は如何にして作られるか?

最初に、この論文の要点をかいつまんでまとめておきます。

意図的行動から無意識的行動へ

  • すべての行動は、意図的行動~無意識的行動の間の連続したスペクトラムの中にある。
  • 一つの行動は最初は意図的あるいは意識的に行われる。
  • 脳は行動を監視し、行動に対する報酬を予測するなどの評価を行う。
  • 「報酬予測誤差信号」の演算に加え、さらに自分なりの重み付けをした評価に基づいて(評価プロセス)、特定の行動をルーチン化させ、意図的なものから習慣的なものにシフトさせる。
  • 「習慣」は無意識的に行われ、従って「注意深く行動を監視しない」ことを随伴する。
  • 「習慣」が深く染みつくと、意図に反して習慣行動を行うことがある。(=強化随伴性)
    あるいは、「依存症」に乗っ取られる可能性を孕む。

線条体のニューロンが行動のチャンク化を行うことで習慣化は始まる

スタート合図のクリック音で走り始め、T字路に突き当たると直前に聞こえた指示音に従って進むという学習によって、報酬に向かって走る習慣を身に着けるというラットによる迷路実験で、習慣化に関する脳の活動が観察された。

その結果、報酬が不快なものになっても報酬に向かって歩む習慣を身に着けることが分かった。

線条体のチャンキング・ニューロン活動
図 2

引用:Scientific American誌

月刊科学雑誌 『日経サイエンス』

  1. ラットの最初の迷路学習時、線条体の運動制御領域のニューロン活動は常時活動していた。(図2-吟味)
    脳の部位としては、前頭前皮質(複雑な認知や行動を司る)→線状体(尾状核)→淡蒼球、線状体→中脳のコミュニケーションがフィードバック的に行われる。(図1-赤色矢印回路)

  2. 行動が習慣化すると、ニューロン活動は最初と最後のみに強く現れ、途中はほとんど活動しなくなった。(行動のパッケージ化)(図2-習慣の刷り込み~習慣の刷り込み)
    脳の部位としては、感覚運動皮質→線状体 →視床のループが、中脳から放出されるドーパミンによってチャンク化を行う。(図1-黄色矢印回路)

  3. このパッケージ化は記憶において、関連する項目を一まとめにして覚えることと類似性があり、「チャンキングorチャンク化=chunking」と呼ばれる。(アメリカの心理学者George.A.Millerの命名)

    記憶方法において、例えば英単語では接頭辞や類語を一まとめにして覚えることと類似性がある。

  4. 一方、意図的(何らかの意思決定が必要)行動時は、同じく線条体ではあるが運動制御領域とは別の意思決定領域が活性化する。

  5. 迷路の学習時、T字路でどちらに進むかの選択を迫られた時に、意思決定領域は活発になることが分かったが、これが習慣となるとこの回路の活動は低下した。

  6. 線条体は下辺縁皮質とともに働くが、線条体が完全に習慣としてチャンク化することを、下辺縁皮質がサポートし習慣の刷り込みを完成させる。(図2-習慣の刷り込み)
    下辺縁皮質は、線条体がチャンク化するのを見極めた上でさらに上位のチャンク化をし、中脳よりのドーパミン放出によって習慣行動を発現させる。(図1-黒色矢印回路)

下辺縁皮質が線条体でユニット化されたルーチンの発現を半永久的に管理する

下辺縁皮質が習慣の発現をコントロールしているのかどうかが、Optogenetics(オプトジェネティクス=光遺伝学)の技術をもって確かめられた。

※光感受性分子をラットの脳の該当局部に導入し、光のオンオフでニューロンのスイッチをオンオフする手法。

※Optogeneticsは華やかな脚光を浴びている技術であるが、脳を操作できる可能性を示唆するものであり、ビジネスの排除あるいは倫理の完全なる確立を前提としないことには非常に危険なものとなる可能性があると考えます。

  1. 習慣行動中に下辺縁皮質のニューロンのアクチビティを数秒間オフにしたところ、習慣が阻害されることが分かった。

  2. その後、新たな習慣が身に着いた時に、再び同じ領域をオフにすると古い方の習慣が復活した。

  3. これは、苦労して悪しき習慣を阻止したとしても、何らかのきっかけで新たな良き習慣をオフするスイッチが入ってしまえば、元の木阿弥になることを示唆している。

  4. 下辺縁皮質のある領域がオンでなければ習慣にならない。(線条体のチャンクは下辺縁皮質のある領域のオンで有効となる=半永久的な脳活動として刷り込み、ドーパミン作用によって実際の習慣活動をコントロールしている)

「行動のパッケージ化=習慣化」と「記憶において、関連する項目を一まとめにして覚えること」とに類似性があるという報告は実に興味深いですね。

これらの報告から浮かび上がる見事な真実は、良い習慣と記憶力をベースとした学力は対をなしているということです。

そして、「帝都大学へのビジョン」の理論と併せると、次のことが明瞭となって来ます。

  • 一旦習慣化すれば、それは知性ではなく感性及び運動野の世界で処理しているということ。
  • 問題の解決法を直感で閃くということは、感性及び運動野の世界で処理出来ているということ。
  • 「行動のパッケージ化=習慣化」と「学習内容のパッケージ化」はあらゆる意味において効率的な営みをもたらせてくれるということ。
  • 但し、そこに至るには、最初に汗を流さないことには絶対にあり得ないということ。
  • 最初に汗を流さないことにこそ、マイナスの習慣に憑かれる素地を提供してしまうこと。

勉強法を追い求める以前の根源的な課題がここに集約されているとは思われませんか?

精神の汗をかけ!

好ましくない習慣を如何に断ち切るか?

ある行動を「習慣化」するということは、時間とエネルギーを節約するという点で非常に合理的です。

実験結果からも分かるように、ある行動を「習慣化する」ということは、ある行動を繰り返すことで一連の動作がパッケージ化され、さらにそのパッケージが刷り込まれて完成されるということです。

多くの場合には、「習慣化する」というよりも、何度か行動を繰り返すうちに自然に「習慣化される」と言えるでしょうが、正確には、パッケージ化され習慣としての準備が整った行動に対する評価がOKとなって初めて習慣化されると考えることが正しいでしょう。

勉強の習慣にしろ、スマホ三昧の習慣にしろ、それを繰り返し行うことで行動のルーチン化がなされ、「習慣化される」準備は整うわけですが、下辺縁皮質のある領域がオンしてくれなければ習慣にまでは至らないというところがポイントです。

おそらく、勉強する習慣が身に着かないのは下辺縁皮質がオンしないから、スマホ三昧がすぐに習慣化されるのは下辺縁皮質がすぐにオンするからということは推測されます。

どうやら、下辺縁皮質のオンオフは、好ましいか好ましくないかで判断する機能は備わっていないようです。

興味深いのは、習慣の刷り込みは、【帝都大学へのビジョン】でも書かせていただいている記憶のメカニズムと一定のアナロジーが認められますし、大脳皮質運動野⇒線条体⇒淡蒼球⇒視床⇒運動野といった「やる気」に関係する回路と交錯しているという点でも共通点が見られることです。

記憶においては、一定の閾値を超えるような高頻度な刺激を海馬シナプスに与えなければならないように、習慣化の是非を評価・決定する下辺縁皮質をオンするための強い刺激がやはり必要になるということでしょう。

結局、それは「やる気」のスイッチが大きく関与していることを示唆しているだけではないかと考えられます。

即ち、スマホで面白いアプリやコンテンツを見つけたら難なくやる気のスイッチが入り、「習慣化OK!」の承認をしてしまいがちになりますが、勉強だと「頑張って繰り返して来たけど、何も達成感ないから、やる気がでないな!習慣化NG!」とリジェクトしがちになってしまうのです。

日常生活の行動においては、何かを記憶しようとすることとは違って、快適や快楽を与えてくれる対象物が満ち溢れていますから、快楽への「やる気」スイッチはいくらでも入れることができます。

その結果、好ましくないことの習慣回路が作られてしまうと、意欲に関係無く行動してしまう(強化随伴性)ようにまでなることは珍しくはない現実は、ごく自然な現象とも言えます。

これらの結果から、良き習慣を身に着けるため、あるいは、悪しき習慣を止めるために何か見えてくることはあるでしょうか?

良き習慣を身につけたいのなら

  • スタート合図のクリック音に相当するものを、常々感知させるように仕向ければいい。
  • 行動の結果として快適な報酬を与えるようにするならば、尚いい。

悪しき習慣を止めたいのなら

  • きっかけとなるクリック音を排除するがいい。
  • それが出来ないのであれば、歯止めをかける指示音に相当するものを採り入れるがいい。

この研究報告から言えるのは、たかだか、この程度のヒントが与えられるのみで、それ以上でも以下でもないでしょう。

これらのヒントを実行するための様々な方法論は世に溢れていますが、極論すればヒント自体の修辞的な言い回しに過ぎません。

退路を断った決意をして、とっとと好ましい習慣へのスタート行動を取りさえすれば、回りくどいノウハウを求めて彷徨い挫折することもなく、よほど効率的だということです。

結局、その量子飛躍的な決断が出来るかできないかで、人生が大きく変わってくるだけの話です。

「潜在意識に訴える」などという訳の分からない講釈に感心している暇があれば、子どもを鋭く観察し、意図的に可能性の高い刺激を出来る限り与えていくことに目覚めた方が、よほどその契機を作る可能性は生まれてくるのではないかと考えます。

もし、近いうちに、オプトジェネティクスの進歩によって、お子さんの脳の下辺縁皮質や淡蒼球や中脳に光感受性分子を埋め込み、あなたの手元にあるリモコンスイッチで光をオン・オフしてお子さんの「習慣」や「やる気」をコントロールできるようになったとすれば、あなたはその技術を買われますか?

とは言っても、出来る限り勉強する習慣や良い習慣を身に着けるためのポイントは押さえておきたいものですね。

内容的には、中高生の諸君には「帝都大学へのビジョン」であまねく記していますので、ちょっと変わり種として、小学生の保護者目線で勉強する習慣を身に着けさせるためのポイントとして最後にまとめておきたいと思います。

勉強する習慣を身に着けるための3つのポイント

勉強する習慣を作るためのポイントは、以下3つです。


  1. 目的と目標を決め、目標はあまり高くないところに設定しておく
  2. そのために身につけたい習慣の課題を小さな単位で設定する
  3. 毎日決まった時間、決まったタイミングに行う

習慣を作る3つのポイント

1.目的と目標を決め、目標はあまり高くないところに設定しておく

最初に明確にしておきたいことは、「なぜ、その習慣を身に着けさせたいのか?」という目的です。
目的をあなたが明確に認識できていれば、「行動しよう!」という意識が高まります。

結局は、例外なく、意識を明確に持った人が最後の勝利者になっています。

そのため、あなたがお子さんに学習習慣を身に着けさせる目的を、自分自身で深堀りしてみましょう。
たとえば、「苦手な算数を克服させたい」を例にすると、次のような深堀りをします。

  • 苦手な算数を克服させたい
  • 考えられる人になって欲しいから
  • 出来れば理系に進んでいい会社に入れば収入も高く、食いっぱぐれもないから

このように深堀りをしておく方が、自分にとっても、より具体的に教育方針に対するイメージを明確にし、意識を確固たるものにしてくれるという点で有益です。

2.そのために身につけたい習慣の課題を小さな単位で設定する

身につけたい習慣を、なるべく小さな単位で設定しましょう。
たとえば、あなたがお子さんに「苦手な算数を少しでも克服させたい」と願っておられるとしたら、「1日1題、**問題集を順番に解く」と目標を設定します。

ただ、「1日1題問題を解く」の場合は、誰でも達成できる「1日1ページ本を読む」とは違って「解けない」場合を想定しなければなりません。

かと言って、「1日1ページ教科書を読む」では、学習としてはほとんど意味がありません。
やるべき課題には、やはり学習に関する正しい智恵に基づいて設定しなければなりません。

そのためにこそ、【帝都大学のビジョン】は執筆されました。

教科書を読むということが無意味だとは言いませんが、少なくとも苦手を克服したい、もっと分かるようになりたいと本人も思っているのであれば、読んだだけで達成感が味わえることはありません。

これでは本人にとって「快適な報酬」とまではなりません。

やはり、ちょっと努力をして出来そうな気がして来た実感や理解が進んだ感じだといった実感が小さな達成感になっていきます。

ですから、

  • 10分考えても解けない場合は、解答例を見て理解する
  • 解けなかった問題は、次の日に再度チャレンジしてできるかどうか確認する

などのルールを決めておく必要があります。

要は、自力で解けなくても、教えてもらえば理解は出来るという自信に繋げるようなルールを、レベルや家庭環境に応じて付加されるとなお一層効果が上がります。

さて、「1日1題なんかじゃ追いつかない!」と思われる方がいるかもしれませんが、苦手なものほど小さな単位で目標を設定することが有効です!
何故なら、普段から何かを考えようとする時間を少しも持たないことが、一番の問題なのですから…。

別に勉強に直接関係のないことでもいいんです。
あなたは、子どもさんに何かを考えて答えさせるような問いかけをしたことがありますか?

もし、邪魔くさいと思われるのでしたら、本ブログの【脳細胞を働かせてちょう題】のたとえ1問でも、お子さんとの時間に話題にして語らってください。

何かを考えるきっかけに出来ると同時に、親子のコミュニケーションにも好影響を及ぼしますよ!


●負担に感じず、気を楽にして行動できる

どんな苦手でも、苦手から解放されたい気持ちはどこかにある筈ですから、1題ずつなら努力してみようという気持ちになれます。

それは、気軽な気持ちで行動しようという芽生えに繋がって来ます。
お子さんが、もっとやりたいと思う時がくれば自ら課題を増やすことでしょう。

●小さな達成感をすぐに味わえる
最後には解答を見てもよいというルールによって、1日1題をこなせたという達成感が味わえます。
但し、答えを見て頷くだけでなく、自力で再現するトライを忘れてはいけません。
毎日小さな達成感が継続することで、モチベーションが継続し習慣化に自然に繋がって来ます。
●子どもにとっては大きな発見となることを見つける可能性がある
負担なく続けることで、突然に「そうだったのか?」と思える発見が必ず出て来ます。

このように、小さな目標を設定すると「毎日の目標を達成できた!」という達成感があり、行動を繰り返すハードルが下がります。
行動の繰り返しが習慣への入り口になるんです。

逆に、「1日に5題」という目標を設定した場合はどうでしょうか?
毎日5題となると、子どもにはハードルが高くなって長続きさせにくくなります。

現実的でない目標を立ててしまうことも、三日坊主になる原因なんです。

ただ、「土曜日と日曜日はお休み」といったルールも作っておくと、より長続きさせやすいでしょうね。

3.毎日決まった時間、決まったタイミングに行う

小さな課題が決まったら、実行するタイミングを具体的に決めましょう。
「お風呂上りに1題」とか「食後に1題」とか「就寝前に1題」とか、生活のリズムに合わせてやるタイミングを決めておきます。

所謂「スタート合図のクリック音に相当するもの」ということですね。
もっと実際的に「スタート合図のクリック音に相当するもの」として時計でアラームをセットしておくことも、行動の切り替えにはいいと思いますよ。

そして、お風呂上りなら、冷たい飲み物と置いておいて、さぁ今日の分やりましょうって具合にしておくのもいいですね。

また、スマホが手放せないお子さんなら、スケジュール管理のアプリから「時間ですよ~」通知が来るようにしておくとか工夫してもいいでしょうね。