やる気がなかなか出てこない。やっても集中力が続かない。

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約8年前から、あるサイトで担当した勉強に関する相談。
ここで、初めて受けた相談の要旨が、『やる気がなかなか出てこない。やっても集中力が続かない。』という内容でした。

そして、これに回答させていただいたことが、結果的に【帝都大学へのビジョン】誕生の直接的な契機となりました。

このときに、学習方法論の土台部分を余すところなくお伝えした回答が、現在の【帝都大学へのビジョン】においても屋台骨となっています。

但し、学習方法論からのアプローチは「やる気がなかなか出てこない」ことに対する本源的なアプローチではないことをお伝えした上でご回答させていただきました。

ご相談の文面は非公開条件ですので、お見せすることはできませんが、その後も、保護者さんからの相談をも含めて、最も多い相談が、この『やる気』『集中力』をキーワードとする質問です。
本当に、このご相談が多いんですね。

この『やる気』と『集中力』に関しては、とても一面的に語れる代物ではありません。
『勉強』という閉じた世界だけでは解決できない外的な要因が強く作用している場合も多いからです。

【帝都大学へのビジョン】において書き記した内容は、たかだか勉強空間において本人としてでき得る一つの断片を記したものに過ぎません。

もちろん、勉強自体の方向ベクトルを強化することによって、マイナス方向へ引きずり込もうとする外的要因が希薄化したり消滅する場合も有り得ますが、それだけでは外的要因を完全に昇華し切ることは難しいことも事実です。

例えば、いろいろと状況を聞いていくと、

  • 人間関係(友人関係)に悩んでいる
  • 恋愛で悩んでいる
  • いじめで悩んでいる

そういった勉強とは別の次元での悩みが影響している場合も多く見られます。
悩みの度合いも深刻なものから比較的浅いものまで様々です。
恋愛とて、前向きな要素を内包する場合もありますが、それとて一概に括れるものではありません。

その他にも、

  • うつ病としてお医者さんにかかっているケース
  • アスペルガーのケース

もあります。

こういった外的な要因が作用している場合、「いじめ」はもちろんのことですが、重度に深刻な事態に陥る前に、勉強面は二の次として、ご両親・先生・医者・友人などの助力を総動員して包括的に見守り、対処を考えていってあげることが必要になります。

ただ、こういった場合、第三者が意外な効力を及ぼす場合があるということをつくづくと感じます。
青少年の時期は、親や先生よりも友人やネットでの知り合いの方が気軽に本音を話せる傾向があります。
おそらく、自分や自分を取り巻く環境から脱皮したいという要求が強い時期だからでしょう。

狭い自分のテリトリーよりも広い世界の中から、自分の拠り所を取り寄せたい。
そんな心の作用が働いているように思われます。
ですから、親の言うことより書籍やらマンガやらが大きな影響を及ぼすと思われます。

そして、もっと言えば、現代においてはネットでの情報が大きな影響を及ぼすようです。
ですから、比較的深刻に悩んでいる子は、信用できると判断した第三者に、自分の心底を吐露したり、相談することを思い切るのではないかと考えています。

実際に僕たちでもそうですが、誰かに話を聞いてもらうだけで気が楽になりますよね。
そのときに、何も話し相手が問題を解決してくれるなどとは誰も思っていないにも拘らずです。
第三者は非常に影響力を強く及ぼすと思われます。

中高生にとって、そういう立場になれる第三者と言えば、家庭教師や個別指導塾の指導者が思い浮かびます。

最近、、こういった第三者としての家庭教師を、できれば担任の先生に頼んで通われている学校のOBから探してもらうことが最良の解決策ではないかということを保護者さんにアドバイスさせていただいたことがあります。

少し費用がかかってしまう点が難点ですし、指導者なら誰でもよいというわけにもいかず、指導の条件をこちらから提示して探さねばならないので、なかなか適任者が見つからないかもしれないという難点はあります。

お子さんと友達のように付き合える指導者でいいのであればいくらでも居るでしょうが、どういう影響を与えるかどうかはある程度見極めておかねばなりませんからね。

さて、普通に勉強していると思われる子からでも、「何となくネガティブな気持ち」などに類した言葉や「自分が嫌になる」という言葉を多く目にします。

結果として自身で認識できる「やる気が出ない」とか「集中できない」の現象に遭遇して、「自分はダメな人間だ」というように自己規定をし、自己嫌悪してしまうパターンが多いようです。

これが、ますます負のスパイラルに陥ってしまうと、マーティン・セリグマンの提唱するところの「学習性無気力」で定着してしまうのですね。

平均的で一般的な多くの場合は、この「学習性無気力」の範疇にくくられるものと捉えることができます。
一言で言えば、今までの学校生活や学習のあり方総体から、「面白くない勉強」しか学んで来なかったということになります。

勉強が何ら面白いものでなく苦痛であるものという慢性的なストレス感。
にもかかわらず、勉強することが義務付けられているという不本意。
これらの日常化が、ストレスから逃れようとする努力さえ行わなくなるという無気力に凝集してしまうという理論です。

勉強だけの問題で終わればいいのですが、残念なことに学生を終えて社会人になっても、何らかの形で勉強していかねばならないということが現実としてありますね。

僕の妻がパートしている厨房には、天才的なシェフが居るのですが、採用されて入ってくるシェフがほとんど使い物にならないようで、「少しは自分で勉強して考えて来いよ」というのが口癖のようです。

天才的と言っても、見えないところでいろんな試行錯誤して味付けや食材の組み合わせの感覚を身につけるといった絶え間ない努力をされているわけです。
頭が悪いということより少しでも腕を磨くための努力を何もしないことに苛立ち・歯がゆさを覚えるのですね。

もともと超一流ホテルの厨房を任せれていた方ですけれど、一流ホテルに食事に行くよりも格段に美味しいのは、やはり、そういった努力に裏打ちされているのですよ。

ことは、学校の勉強だけに止まらず、後々の人生そのものの生き方に繋がって行くのですよ。

「どうせダメだから」の無力感に何ら抗することなく、そのまま受け入れるばかりでは、あまりにももったいない人生ではないですか?

ですから、この「学習性無気力」から脱するためには、やはり内部からのアプローチ以前に、「生きる」ということ全体からのアプローチが必要になると考えています。

勉強への無気力感を脱したいという気持ち、即ち、「やる気」が芽生えれば、勉強の仕方という勉強の世界内部自体からのアプローチで「集中力」という課題を克服することは容易です。

勉強への外的な阻害要因が特には無く、純粋に「学習性無気力」という惰性に身をまかしているのだとすれば、基本的にはモチベーションを向上させる働きかけが第1ステップになりますが、勉強の仕方が的外れであるが故に「集中力がない」→「やる気の喪失」との因果関係にあるケースも見受けられます。

【帝都大学へのビジョン】をはじめ本サイトは、読んでいただいて有効に響くようにと願って執筆はしていますが、このあたりを自己分析されて、【やる気⇔集中力】の双方向の行ったり来たりを意識していただければと切に願います。


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教材では、英数と算数の興味の引き金となり、且つ本質に目を向かせてしまうコアな問題を精選し、不器用レベルの脳細胞の働かせ方目線で解説。

京都大学工学部OB2名と大阪大学大学院工学科OBの3名、しかも全員ハードエンジニア出身(教師転身2名)で執筆していますから、商売人や学生上がりのような根拠のない、いい加減な甘言は書いていません。

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