子どもにスマホを持たせたくない親ができること

今日、たまたま、一定の年齢に達するまで子どもにスマホを持たせないようにするアメリカでの試みの記事を見かけたので、少しだけメモしておこうかと思います。

おそらく、この記事を読もうかと訪問くださったお母さんやお父さんは、現実的には難しいことであるけれど最善の対処をしておきたいとお考えの真っ当な神経の持ち主であり、本当に子どもさんの将来のことを思っておられる方であることは間違いないと思います。

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実は、私がFAX塾を起ち上げて指導した女子高生たちは就職氷河期に遭遇した世代であり、ちょうど子育ても反抗期にもうすぐ差し掛かるかどうかの世代ですので、その世代が、こういった問題に直面して悩んでおられることには無関心ではいられないというわけです。

また、まだ真っ当に教育された最後の世代ではないかな?という思いもあります。
1990年代は大学入試問題もまだ相当難しかった最後の時代だったですから、一生懸命努力しても報われなかった気持ちが大きいことも想像できますから…。

しかしながら、私が教えた教え子たちは、学ぶことの楽しさ、学ぶのが嫌いなら何かに一生懸命になることの大切さを教えた子たちですから、この時代にあっても、我が子のスマホ問題で悩んでいるなどということはないと思いますよ。

憎まれ口と思われることを承知で申し上げますが、いくら時代の流れだからといって、無節操に野放図に放ったらかしにしてきたから、中学に入った後ぐらいから、にっちもさっちも行かなくなって困っているのが本当のところではないでしょうか。

いい加減な地図を持ちすぎて旅にも出れない

情報がないから、あるいは情報が少ないからこそ、人は成長し、進歩します。

その元となる僅かばかりの情報も、後に恩師と呼べるであろう人から受け継ぐからこそ、人は成長し、進歩します。

どこの馬の骨とも分からない商売人や小遣い稼ぎライターが作った無責任な地図、親切に名を借りた過保護過ぎる地図をたくさん持ちあわせているようでは、成長・進歩どころか、何の変哲もない日常から旅に出ることすらできないこととなりましょう。

子どもにスマホを持たせないと苛められる?

まぁ、どこの国でも悩ましき問題であることに変わりはないようですね。
保護者として、その最大の悩みは「子どもにスマホを持たせないと苛められるのではないか?」という恐れのようです。

私の子どもたちの中高生時代は、まだガラ携の時代でしたが、既にほとんどの子が持っていました。
そんな中、高校卒業までは持たせないという方針を中学に入る前から、前に正座させて我が家の方針として言い聞かせていました。

少し脱線しますが、最近、「我が家では・・・」は子どもに言ってはいけない言葉と仰る俗物心理学の理論を本で見かけまして驚きました。

まさか、親は教育方針を持つなということでもないでしょうが、子どもに「我が家では・・・」なんて話してはいけないんだそうです。
まぁ、そんな摩訶不思議な理論を聞かされても、ちょっと人と違うこと言って目立ちたいだけじゃないのと思うだけで、決して「ふーん」なんて頷きませんけれど…。

最近は、進歩ぶることで「物わかりのいい大人」を演出する術を知った中途半端な評論家もどきが増えてきたように感じます。

そうは言いながらも、私たち夫婦も、もちろん親としては、「スマホを持たせないから苛められる」事態が起こるかもしれないことは、当然想定していましたし、不安に思っていました。
そうなったら、その事態に対して何らかの対処をしなければならないことは覚悟をしていました。

結果的には、二人の子どもとも何も問題はなく、むしろ人気があって困るというほどの状態でしたし、大学を卒業する頃には、その当時も何も不満に思わなかったこと、今では感謝さえしていると話してくれました。

だからと言って、そういう向き合い方が一般的にあてはまるのか?というと、それは違います。
それぞれの家庭、それぞれの子どもは、あらゆる面で何もかも違うわけですから対処は違って当然ですし、何よりも、三つ子までどう育てて来たのかの流れも全く違うわけですから…。

「我が家では許しません」にしろ、ごく一般的な対処にしろ逆効果になる場合もあって当然です。
だからこそ、子育てなのではないでしょうか?

さて、悩ましき問題であるというのは、スマホには大きな不安材料がこれぞとばかり、てんこ盛りにあるからです。
「中毒になるんではないか?」「バカになるんではないか?」

携帯を許さなかった子育ての徒然も綴った下記のページで、同じように成人となった子どもから感謝されたというメールもいただきましたので、ご興味があればご一読くださいませ。

「子育てを家族で語り、我が家は我が家の掟がある・・・大賛成です。」という訪問者さんからのメールや子育ての顛末を書かせていただいております。(申し訳ないのですが、子育ての主役を担うこともあって女性向けのコーナーに定着させました。)

これの不安材料は、すでに現実に現象として明らかに現れています。
統計データとしても、中毒症・集中力欠如症・思考力低下などと関連付けられてきています。

この点に関しては、異論を唱える方もいらっしゃいますが、ここでは、「スマホを持つこと」によって「心がスマホに支配される」層が無視できないほど生まれるという私の持論で話を進めさせていただきます。

よく、「スマホは悪く言われているけれど、意外に高校生にも何の悪影響も与えていない」などと、さしたる根拠もなくそれらしく書いてある記事も多く見かけますが、記事のサイドや途中に、スマホ関係の広告が貼ってあったり(マッチング広告ではなく意図的に)するのには笑ってしまいますね。

スマホの売り上げが鈍化したら困る人々や、スマホのPRで儲ける人々の巧みな言葉を鵜呑みにしてはいけないということは、常々意識しておくことが賢明でしょうね。

もちろん、スマホとて使い方次第なのですが、自制や自律も知らない頃から与えて、上手く使えるわけがありません。

何の取り決めもなく無節操に不必要に幼い頃から与えることが、どういう顛末を招くかは、もう10年もすれば実証として明らかになってくるのではないでしょうか?

享楽的なアプリはどんどんエスカレートしてくるのが市場原理の宿命ですから、けじめをつけてスマホを使える精神に成長していない限りは、悪影響を及ぼすことは100%間違いのないことです。

にもかかわらず、すでに売り上げも鈍化してきたスマホ市場は、格安スマホの過当競争時代にまで突入し、さらに全てを食いつくすための消耗戦の時代に入ることをも憚らないかのようです。

ここで、少し結論めいたことを・・

基本的には、現実の生活でスマホよりも面白いと思うことを見つけるように仕向けない限り、一生スマホに支配されると思います。

だって、何も考えずにすむ心地よい享楽的な生活そのものですから止められません。(まぁ、アヘンと同じですかね。)

社会が許している限りという制限は付きますけれど、社会の風潮は必ず盛者必衰の理です。
今、自堕落な生活を満喫している人は、必ず、最も生きる上で大切なことからしっぺ返しを受けます。

何か面白いことを持っている子はスマホに支配されることはありませんし、アスリートが空いた時間にスマホ三昧するのとも全く意味合いが違って、現実の生活で何の充実した時間も持たない点で決定的に違うのです。

将来の社会的地位というより、生きること自体において、人を非難してうっぷんを晴らすことでしか自分を認められないような人生しか送れないことは目に見えています。

私の姪っ子(まだ小学生)も、2,3歳から親のスマホに興じており、どうなることかと案じていましたが、さすがに妻の弟(妻とは少し年齢差があります)夫婦、読み聞かせを続けたことで、今ではスマホよりも本を読む方が、あるいはバレエの練習をする方がずっと楽しい状況になっていますし、その弟になる甥っ子も陸上競技に熱意を燃やしています。

どちらにしろ世の中は、仕掛ける側は、そのこと自体に対してよりも生み出す利益に熱心ですが、仕掛けられる側、操られる側だけが失うものばかりという構図になっています。

スマホを持たせてもらえない子の疎外感を救う

どうやら高校生では9割以上が持っている時代に入っているようですから、ここまで来ると、流石に持っていない子の疎外感は相当なものがあるでしょうね。

キッズ相談などを見ますと、スマホを与えてもらえず、親を恨んでいる子もいれば、極めて少ないですが、自ら何の必要性も感じない子までいます。

また、スマホがないために弾かれる子も居れば、スマホがなくても弾かれない子が居るのも現実のようです。

そういった諸々の現実の中で、ではどうすればいいのか?という問題解決に一石を投じるのが、冒頭記事のアメリカでの動きではないかと思います。

アメリカには、「Wait Until 8th Pledge(8年生まで待とうという約束)」という運動があります。これは、「子どもが8年生になるまではスマートフォンを与えません」と親が誓約するオンラインの署名運動です。日本でいえば、中学を卒業するまでといえるかもしれません。

ただし、子どもを同じ学校に通わせている家族10組から署名が集まらなければ成立しません。署名数が10家族に達すると、「この誓約は、お子さんの学校で有効になりました」というメッセージが届きます。

アメリカでのこういうアクションの出現は日本ではどうなのでしょう?
アメリカでも「今ごろになってやっと?」という感はありますが、やはり目に余るツールになって来たということなのかもしれません。

日本でも追随して出てくる運動なのではないかという気はしますね。

まだスマホの所有率が少ない状況でしか威力を発揮できないという制約はありますが、なかなか的を射た面白い試みですね。
おそらく、小学校の段階でしか発案できない、あるいは中学入学当初にこそ有効なアクションではないかと思います。

同じ学校に通う保護者のより多くが同意すれば、一人でも多くにスマホの弊害を被る時期を遅らせることを実現しやすい環境が作れます。
しかし、それより何より、一人だけ持っていないという状況を回避できることが最大の効用ではないでしょうか?

その意味で、将来の予防策として、「スマホを与えることは少なくとも中学卒業まで待とう!」の輪を身近に作っていくことは非常に有効なことだと思います。
もっと言わせてもらえれば、発達教育的には、本来は18歳まで待たせるべきだと私は考えています。

18歳まで、やるべきことを一生懸命やって来たのであれば、その後でスマホを手にしても、それにのめり込むようなことは激減してくると思います。
私の論理からすれば、14歳~17歳ほどスマホなどにかまけて時間をロスしてはいけない時はありません。

保護者の多くは、様々な不安を感じながら、あるいは不吉な予感も感じながら、仕方なしに必要悪的にスマホを与えているようにも見受けられます。
自分の子どもだけがスマホを持っていない状況だけは回避したい一心なのではないでしょうか?

それもこれも親自身が孤立しているが故に、心ならずも流れに身を任せねばならないことの別表現だと思えます。

すでに、自分だけがスマホを持っていない状況の下では?

高校生にもなれば、スマホを持っていないのは、もう自分しかいないという状況はあちこちであるでしょう。
そうなると、このような運動や働きかけは実質できません。
持っている子の親に「お子さんのスマホを取り上げませんか?」と持ち掛けても、時すでに遅しですね。

お子さんが、全然問題なく学校生活を送られていれば、何も波風を立てることはないでしょうが、それでも、本当のところは疎外感に苛まれているのかどうかはじっくり観察と対話で探ってやらなければならないと思います。

もし、それが精神的に深刻であると見てとれば、スマホの持つ有害な毒性をも説明した上で、条件付きで与えてあげるなどの譲歩も必要な場合があると思います。

とにかく、腹を割って話し合う機会を持つことも考えられては如何でしょうか?

というのも、現実的には、部活の連絡がLINEで入ったりして、それで肩身の狭い思いや阻害された思いをしている中高生は多いようです。
個人的な趣味の範囲であれば、スマホがあろうがなかろうが、それは個人の自由で済むのですが、公の活動で使われると、確かに肩身の狭さや疎外感が生まれてしまいますよね。

学校側と連携する

この辺りは、いくら部活とはいえ、学校側にも配慮していただきたいことですね。
スマホを持っていない子は立場がなくなってしまいます。

もちろん、ほとんどの学校が校内での使用禁止をされているのでしょうが、学校側が「スマホを持っていて当然」「学校外で使う分には便利」と教育的な側面と切り離して考えてしまっているのだとすれば、少し首尾一貫性が疑われます。

もし学校側が家庭に向けて、スマートフォンの危険性や子どもの集中力の低下、ソーシャルメディアによるいじめなどについて話してもらえれば、それがきっかけとなって、あなたが呼びかける「Wait Until 8th Pledge」に賛同する親が増えるかもしれません。

記事の通り、学校側に参加を呼び掛けて、持っている子にも持っていない子にもプラスになる啓蒙活動を不断に行なっていく体制ができればいいですね。

結局は、リアルの充実感を共に味わえる家族の輪を拡げていくこと

アメリカでもどこの国でも毅然とした親は居るものです。
Royall氏のように、たとえ2,3家族でも輪の中に引き入れると、「現実の生活のおもしろさを知っているし、遊び仲間もいつもいる」状態が作れたのですから、出来る限り早い時期に、同じ価値観を持った親同士の輪を作ることが大切なのかもしれません。

こういうことが出来れば、その子供たちはスマホを持つようになっても、健全に使いこなしますから、理想と言えるのではないでしょうか?

何故なら、彼らはリアルで、本当に面白いことを体験して来たことで、決して仮想世界を面白いとは思わないからです。

私などでも、古い話ですが、インベーダゲームを初めて喫茶店でした時は面白いなぁと思いましたよ。
でも、いい加減したらうんざりしてきますし、虚しさがこみ上げてきます。

そこまでして、それを優先しようなどという暇もなければ、気持ちも湧いて来ません。
要するに、何もすることがないということは、享楽に対して何の歯止めもないということです。
保護者が努めなければならないことは、ここから一目瞭然です。

バージニア州在住で2人の息子を持つ母親のMolly Bosscher氏は、子どもたちが高校3年生になるまでスマートフォンを買い与えませんでした。彼女は、当時を振り返りつつ、こう話しています。「子どもたちと外に出ましょう。友だちとの川遊びや、高いところからの飛び込み、キャンプといった外遊びを促すのです。毎週の散歩やスポーツをさせましょう。そして毎晩、夕食を囲んで子どもと話をしましょう」。親は子どもに、お菓子ばかり食べずに健康的な食事をとるよう教えるものです(少なくとも、教える努力はします)。それと同じように、電子機器を使う時間と、現実世界で活動する時間のバランスをうまくとるよう導きましょう。

著者が言うように、このような輪を拡げていくことは、実際にはそれほど簡単なことではないでしょう。

しかし、身の回りに【リア充】を追い求める小さな輪さえあれば、何物にも替えがたい自分の充実した居場所ができるのではないかと思います。

下記の記事とも併せてご一読いただければ、さらに参考にしていただけるかと考えます。

日本語力の低下という代償

依存症とまで行かないにしろ、スマホ依存が高い生活をしていれば、日本語の読解力が低下してくることは、様々なところから警鐘が慣らされています。

その賛否や根拠については、ここでは時間の無駄ですから語りませんので、スマホのデメリットとして読解力低下などないとお考えの場合は、スルーしてください。

まぁ、私から見れば、読解力以前の問題であり、言葉を扱う基本レベルの問題だと分析しています。
詳しくは、ビジョン本編の国語の項で、解決法とともにアドバイスさせていただいております。

私の娘は高校で現代文と古典の教師をしていますが、「小論文」も受け持ってくれと依頼されて、「どうしたもんじゃろなぁ」と途方に暮れています。

そんな娘が言うことには、「とにかく、接続語が分からない、使えなくて、文章を理解することができない。理解もできない者にどうやって文章を書くことを教えろというのか?」状態だそうです。

学校としては中堅校で偏差値ランキング的なポジションとしては10校中3位程度の学校にして、日本語力があまりにも酷いと嘆いています。

クラスメートが羨む公務員組織に就職したのに、業務上の文書や会議の内容が全く理解できないため、試用期間でクビになった例もあるようです。

まぁ、何らかのSNSなどをされているお父さん・お母さんの世代なら、チンプンカンプンな文章や稚拙すぎる文章にも沢山出会っておられるでしょうから、そのことを実感されているのではないでしょうか?

読解力低下を招いている最重要なポイントは、娘の言葉にあるように「接続語」が分からないということです。

「接続語」は論理の基本中の基本であり、論理の要となるものですから、これが理解できない、使いこなせないようでは、他のどんな教科の勉強も理解できるはずがありませんし、理解の上に築かれる「考える力」の入り口にも立てません。

「読解力をつけさせるためにはどうすればいいですか?」といった類の質問も多いようですが、原因は、普段から何かを考えようとする時間を持たないから、論理力が全くないことであることは明々白々です。

そうである以上、そのままの状態で、いくら本を読ませても参考書をやらせてもほとんど効果はありません。

何かを考える時間を持たせるように仕向ける、あるいは持たざるを得ないように自然に仕向けるといった日常的な働きかけの一環として、例えば、言葉の扱い方からスタートしている次の書物を題材にして親子の会話などをプロジュースされてみてください。

そして、本書を1日1題ずつでもやろうという気になれば、しめたものです。
もうそれだけで、ステップアップしたことになるのですが…。

7回読み勉強法

見るからに参考書・参考書したものや問題集をあてがうより、確実に論理の要となる「接続語」を面白く、鮮やかに印象付けることが出来るのが本書です。(もちろん、それだけの内容ではありませんが、問題文さえ理解できないのは、この基本が欠落しているからです。)

タイトルは堅いですが、私も予想外に次々と正解できることもあって、はまってしまったほど、分かりやすく面白い内容です。

その分お高いですが、何の価値も無い俗本でも1,000円程度の価格が存在することを思えば、本来は∞倍でもおかしくないところが、2倍程度で済むのですからありがたいことです。

さすがに、一般読者に書くべきことを心得た知識人学者さんです。
こういう真摯な学者は滅多にメディアには顔を出しません。

地に足をつけて地道に真実を追求する方の書籍にこそ、目を向け参考にすべきことが多く書かれています。

こういった良書を見つけ出す行動も自分の人生を好転換させるための一つの大きな力です。

7回読みだとか100回読みだとか、そういう軽薄なことを無責任に堂々とのたまう方の方の書籍に惑わされるより、100倍は効果があるでしょうし効率的です。

同時に、教育熱心な親が普段の生活ですべきこと、心がけることはただ一つしかありません。
それは、本編で言及している外山滋比古先生のただ一言の箴言で事足りることでした。

frankly

まぁ、塾に来ても、休み時間になるとスマホでゲームやSNS三昧であることを、当の塾の先生でも嘆いておられる記事も多く見かけますが、嘆くよりも、休憩時間にスマホをされないような授業や工夫をしろよと言いたくなります。

ボーっと講義してんじゃねぇよ!


問8:次の空欄にもっとも適切な接続表現を入れよ。

会員のみ最下部に表示

野矢 茂樹 『論理トレーニング101題』【第1章:接続表現に注意する】より

スマホの使い方と顛末

スマホの使い方と顛末を端的に分類すると、

  • 「百害あって一利なし」の使い方をするか、「潤滑剤としての一害あるも十利あり」の使い方をするか

によって、

  • 「一を聞いて十を知った」つもりの勘違い人間になるか、「十を聞いて一を知る」ことを覚える人間になるか

が決まってしまう!!

その差は、長い人生の果て、どんどんと大きく開き・・・

ぶっちゃけた話、「十言われたら、一つでも理解しようよ!」「十ある内から一の本質を掴もうよ!」
それが、普通の私たちが「学ぶ」ってことなのです。

アインシュタインやボーアの如く「一を聞いて十の真を創造できる」人なんて極めて稀有なのです。

追伸

2013年、厚生労働省研究班の発表として「中高生のネット依存症は51万8千人と推定されています。」というニュースが日経などのメディアを通して流れましたが、これは厚労省の研究費補助金をもらって研究している研究者(大井田隆・日本大学教授)が流したもので、厚生労働省研究班と言えるのかどうか?

その証拠に、私も一生懸命探しましたが、厚生労働省のデータベースには一切そのような内容の報告はありません。

この報道の仕方の善し悪しは別にして、善かろうが悪かろうが、のべつまくなしにポンポンと拡散されていくところがネットの怖いところです。

これは、脳がその流れに追随しようと、無思考状態を受け入れることを意味しますから、それが怖いところです。

ネットやスマホに関する公機関の統計や報告をご覧になる場合は、やはり総務省の情報通信白書がパブリックではないかと思います。

ここからは、上記で空白にした箇所を、会員様限定で本編の補足としての例題、及び、この言葉の扱い方をクリアーして以降の本来の意味での読解力・表現力の前進のためへの重要な心構えを「〇〇の汗をかく」として記しておきましょう。

また、6時間目の国語の最終項で示した現代文の問題でも、接続語を穴埋めにした設問がありますので、その解説をこそじっくりと咀嚼してみてください。

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とかくこの世は学びにくい | 成績を上げるために必須なこと

最後に、とある臨床医さんの言と学部は違いますが我が後輩(京大情報工学OB)が教育関係の論議で発言した言を併せてご紹介しておきましょう。

ところが、それら原因をいちいち正確に調べもせずに、バカのひとつ覚えのように、どこの※※※科医も、「※生検!※生検!※生検!」と、患者さんに頭ごなしにゴリ押しするのです。

いくら教科書や※※※学会で教わったことがないからと言って、臨床経験を積めば、おかしい?と思う筈です。

文献的な情報の受け売りばかりだけで、自分達の頭を使って考えることがなくなっているのが現状です。


たかが盲腸の診断すらできなくなっている医者が蔓延る世の中で、10人専門家がいれば8人はやぶだといっていいでしょう。
まして、ネット情報に至っては9人はやぶでしょう。

それぞれの周囲を見渡せば本当のプロといえる人はごく一握りだと誰もが知っているはずです。

その中で生活上の問題を切り抜けていくには、俗流社会学や俗流心理学・俗流分子生物学・俗流脳科学・俗流AIなんぞをこねくり回して遊ぶのでなく、知識、感性を自分の責任で磨いて対応するしかないですよね。

世間的には、お賢い人がなれると思われている医学の世界ですら、当事者や見る人が見れば、現実はこんなものです。

あなたの最寄りで、真に信頼できるお医者さんを探せれば、それは非常に幸運なことですが、まぁ十中八九、紋切り型の決まり文句で対処されるケースがほとんどですね。

「やぶでも係っているいることへの安心感」が大きいですから、多くの場合は特に問題はありません。

それ自体は何の落ち度もないように見えますが、ことと場合によっては大いに患者を不利益に導いてしまうケースは確実に生じますし、これを経験された方も多いのではないでしょうか?

ましてや、生命には関わらない教育の世界では、指導者がやぶである確率など、さらに高いことは目に見えています。

お子さんの成績が上がるための条件は、そもそも真面目にやる気持ちがない場合を除いては、

  • あなた(お子さん)が、適切で効率的な勉強の仕方の流儀を我がものとする
  • あなた(お子さん)が、それぞれの教科の実際の学習内容に関して、自分を心底より納得させる術を会得する

という2点を、自力あるいは第三者のサポートを得て確立するということ以外にはあり得ません。

ところが、そんなところは突いてくれないのが現実社会です。
準備された模範解答を恭しくご教示して、「俺のようになれるだろ?」というスタンスが大多数です。

準備出来ない環境で教えろと言われたら、どれだけの指導者が慌てふためくことでしょうか?

こういう状況では、8割方はいつまでたってもお子さんの学力など伸びるはずはありません。

どんな問題でも、ことによっては、他人をあてにすることほど実の無いことはないのは確かですから、「やぶでも安心できればそれでいい」という場合を除けば、自分の流儀を曲がりなりにも自力で確立すべく努めることを優先されるべきでしょう。

自分の軸さえ持てれば、たとえ環境に恵まれなかったとしても、浮草のようにフラフラと漂うことだけはありません。

11月1日より完成度極致のVer.2020へ!

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  • 受付時間:24時間年中無休

「帝都大学へのビジョン」は「バイブル」と頼られて10年。

頭の中にサラサラと流れる川を自力で作るために!

京都大学工学部OB2名と大阪大学大学院工学科OBの3名、しかも全員物理系ハードエンジニア出身(教師転身2名)で執筆していますから、商売人や学生上がりのような、実社会で何もできなかった無責任で底の浅い騙し専門の著者とは良心も実用性もレベルが違います。

ある意味、反抗期に入るまでに保護者が認識しているかどうかが、子どもの未来を決める分水嶺です。
中学に入ってからは、保護者は基本的になす術を持ち得ません。

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