未知の世界を探求した湯川秀樹が通った西宮の御幸道

2014.4.8著

未知の世界を探求する人々は 地図を持たない旅人である

↑苦楽園小学校の中間子論誕生記念碑
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西宮市湯川記念事業より引用

未知の世界を探求する人々は 地図を持たない旅人である

『旅人 ある物理学者の回想』より

先日、FaceBookの友達がシェアーしておられた報道キャスター金平茂紀氏の【PCとかスマホばっかり見てないで、本読もう。『現代思想』(4月号 青土社) 特集・ブラック化する教育】なる投稿を目にしました。

本題に入る前に、金平茂紀氏の物言いに補足しておきたいと思います。

いい加減な地図を持ちすぎて旅にも出れない

情報がないから、あるいは情報が少ないからこそ、人は成長し、進歩します。

その元となる僅かばかりの情報も、後に恩師と呼べるであろう人から受け継ぐからこそ、人は成長し、進歩します。

どこの馬の骨とも分からない商売人や小遣い稼ぎライターが作った無責任な地図、親切に名を借りた過保護過ぎる地図をたくさん持ちあわせているようでは、成長・進歩どころか、何の変哲もない日常から旅に出ることすらできないこととなりましょう。

さて、興味あるテーマなので、早速読んでみようと思い本書を取り寄せ、目次を見ていると、
メインテーマの前に【 阪急「苦楽園」】なるタイトルが目に留まりました。

僕にとっては日常の一部になっている地名ですので興味を引かれて読むと、宝塚歌劇(今年100周年)や湯川秀樹博士夫妻の西宮時代のお話を起点に理論物理学者の佐藤文隆博士が研究者の生活事情・結婚事情・住居事情などのお話へと展開されていました。

湯川秀樹博士の中間子理論がここ西宮で生まれたことも、苦楽園のどのあたりに住んでおられたかも知ってはいたのですが、普段は意識下のこととして埋もれているだけでしたので、今回は意識的に読んでみました。

未知の世界を探求する人々は 地図を持たない旅人である

↑旧湯川邸(クリックで拡大)

湯川博士が苦楽園に居を構えられたのは1933年(昭和8年)だそうです。

もちろん僕は生まれてもおらず、僕の母にして8歳の頃だったのだと考えると何だかとても歴史を感じてしまいました。

右の写真は、今日チョチョイと行って撮影してきた旧湯川邸の写真です。
当然ながら、今は別の方が住んでおられます。

母は小さい頃、祖母と歩いて西宮の浜へ魚の買い出しにいくお供をしょっちゅうさせられたそうです。

その時に通る樋之池(苦楽園の南側)へ抜ける道を『通い詰めた御幸道(ごこうみち)』と言って懐かしんでいましたが、その御幸道を、西宮に入って間もなく山側に上り詰めたところに湯川博士の居があったということになります。

そうなると、母も湯川博士ともどこかで袖すりあっていた可能性もあるかもしれませんね。

その御幸道周辺も今でこそ大きく開けていますが、昔は周囲には草が生い茂った何もない道で一人で歩くには怖かったそうです。

僕の頃ですら、小学校の頃、西宮に越境しては、造成で土がモコモコと何か所も小山に積み上げられたようなところに秘密基地を作って遊んだ覚えがあります。

苦楽園バス停界隈

↑苦楽園バス停界隈(クリックで拡大)

さて、湯川博士ご夫妻の旧居も、今でこそバスが通って『苦楽園』バス停で降りればすぐの便利な場所と言えますが、当時は阪急『苦楽園口』から歩いて40分程度要するところです。(樋之池からはかなりの坂道)

行程の途中からはグングンと坂道になりますから、まさにその隔たりは『旅』とも感じられたのではないでしょうか?

その『旅』の時間こそが中間子理論を芽生えさせたのだろうというロマンティックな想像を掻き立てられます。

一口に『苦楽園』と言っても、その範囲は極めて広いのです。
実は、阪急『苦楽園口』は言葉通り『口』でして、苦楽園○番町という町名で一番近いところにたどり着くだけでも20分ほどはかかります。

湯川博士ご夫妻の旧居はそこからが厳しい坂道をさらに上り詰めねばなりません。

ですから、お花見の名所として『夙川』・『苦楽園口』には多くの方が訪れられますが、『苦楽園』は知らないという方は多いかもしれません。

左上の写真は、上って来た方向から見た『苦楽園』バス停界隈の風景です。
湯川博士ご夫妻の旧居は、もうここから右手に歩いて1分もかからないところです。
ついでに、写真の道を道なりに進むと、すぐに芦屋市の六麓荘に入ります。

冒頭の中間子論誕生記念碑がある苦楽園小学校は、お宅からさらに山側へと上って行ったところにあり、苦楽園中学や県立西宮北高校と隣接した文教地区となっています。

この辺りは、昔から『柏堂』と呼ばれ(読める方はまずおられないでしょう・・・なんと!「かやんどう」と読みます)、県道沿いに少し下ると進学校として名高い甲陽学院高校が文教地区の一角としてあります。

以前は甲子園球場の近くにあったことを懐かしく思われる方も多いのではないでしょうか?
ちなみに、中学校は、高校が山の中にあるのとは対照的に、海の近く!サニブラウン選手なら20秒で西宮浜に出るようなロケーションにあります。

苦楽園バス停より見下ろす茅渟の海の眺望

↑苦楽園バス停より見下ろす茅渟(ちぬ)の海(大阪湾)
(クリックで拡大)

さて、新婚の湯川博士夫妻の旧居は学者として生活するに実に相応しい環境でっあったことは想像するにやぶさかではありません。

今でこそ多くの家が立ち並んでいますが、当時は夜には辺り一面真っ暗闇の世界だったことでしょう。

下界を見下ろしながら考えに考えを巡らす姿や夜中に浮かんだアイデアを起き上がってすぐにメモに取った姿が目に浮かぶというものです。

もっとも、このエピソードは湯川博士に限らず、科学者はもちろん、僕たちのようなしがない技術者であっても開発やルーチンではない設計に携わった者であれば、時代を問わず誰でもが抱えた宿命だと思います。

かつての会社の上司も、独立してからコラボした会社の社長(ともに明治大工学部OB)も、奥さんから「夜中に主人が飛び起きてブツブツ呟いたり、メモをとったり、仕事をし出したりして大迷惑」というエピソードを聞いたものです。

かくいう僕自身も、夢で計算していることは日常茶飯事で、何度もミスをすることから救われたことがあります。
どうも気になっていることや曖昧にしていることは、睡眠中に脳が整理しようと働いてくれて、それで解決されることがあることは本当のことです。

さて、奥さんのフミさんは、その半生記『苦楽の園』で「夜になると阪急、阪神、国鉄の電車や汽車の光が行き交い、えもいわれぬ景色だ。夕食後のひととき、私たちは家族みんなで窓際に並んで見とれたものであった。」と認めておられたようです。

右上の写真は、昼間で、しかも下界が少々靄っていますが、これが、まさに旧湯川邸から見下ろした風景そのものの現代版と見ていただくことができます。

1937年に海外の実験グループが、湯川博士の予言した中間子を宇宙線の中に発見したという外電が入って以降、世界のYUKAWAとなり、大阪帝大の教員から京都帝大の教授へとなるなど多忙を極めるようになったのを機に、甲子園に居を移されたそうです。

そして、苦楽園での8年間、甲子園での2年間、併せて10年間の西宮での生活に終止符を打ち、1943年からは京都での生活が始まることになったのです。

本エッセイは、その後、湯川秀樹とその父・朝永振一郎とその父・西田幾多郎とその息子を絡めての借家住まい事情などを含めた帝大教授事情をさらっと流してありました。

そのあとは、世界に目を向け

  • 「学者に家族なし」はいつ何をもって変わっていったのか?
  • チャールズ・ダーウィンは富豪の娘と結婚したので子だくさん
  • ガリレオの娘はどうなったか?
  • 寝食を忘れて
  • 何故、マックス・プランクの息子たちは戦死したのか?

なんて、ちょっと風変わりだけれど知的好奇心をくすぐられる乙なお話が綴られています。
こういった話題をも提供することのできる物理学者って、やっぱり素敵ですね。

『未知の世界を探求する人々は 地図を持たない旅人である』

巧みに管理統制された教育や研究システムの中で、なんだか本来の『理系の心』の薄れを感じる昨今、この言葉にもある『旅人』という言葉は、何とも心に安らぎを与えてくれる言葉として響き渡ります。

地図を片手に身勝手な『夢』を追いかけるのではなく、地図を持たずに無心に公の為に『真理』を追いかける。

如何なる呪縛からも解放されたそんな喜びを喪失してしまった現代の学生さんの延長線上に見えるものは一体何なのでしょうか?

仕方がないからという義務感、言われた通りに操作する奴隷の如き従順さ、丸暗記すれば勝ちといった非合理な禁欲主義。

こういった教えしか与えない地図などに頼っていては、生き生きとした勉強ができないのは当たり前ですが、それどころか現実の受験ですら危ういものです。

そして、何より社会に出てから、たとえ民間社会であろうと、その取り組み方の差がクッキリと出て来るものですし、生きる上での生き生きさが全く違ってきます。

どうぞ、これらを一擲して、精神の良い汗を流すことを知り、諸君の地下に伏流する諸君の可能性を無我夢中の努力の中で汲み出してください。

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京都大学工学部OB2名と大阪大学大学院工学科OBの3名、しかも全員物理系ハードエンジニア出身(教師転身2名)で執筆していますから、商売人や学生上がりのような根拠のない、無責任な甘言などは思いつきもしません。

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