僕のインスタグラムデビュー写真と日本語のコメント

柴犬ラプラスのインスタグラム英語001

Wndows LPって知ってるかい?
写真は昨日の僕だけど、このポジションこそ、人呼んでWindows LPってわけさ!

即ち、”Windows for Laplace”ってわけ!
カッコイイだろ?

誰かはWindows XPの兄弟って想像したんじゃねぇ?
おっとどっこい、俺ラプラスの専用見物窓ってわけさ。

このシチュエイションをブログやFBやインスタグラムで見かけたら、それは俺だよ!

このシリーズの意図と目的

さて、僕はインスタグラムのコメントをいつも英語でも書くようにしているよ。
ただ、僕はキーボードが打てないので、おっ母しゃまに打ってもらってるけれどね。

それで、たった2ヶ月なのにフォロアーが1000人を超えちゃった一つの要因かもしれない。
楽しみだってコメントも頂いたしね。

君も是非、僕の日本語のコメントを英語で表現してみて。
僕なんか犬だからかもしれないけど、間違ってても当たり前だと居直ってるから怖いもの知らずだぜ。

だから、下に僕の英語をお父っしゃまが添削した例を書くけれど、お父っしゃまの表現が正しいなんて思い込まないで欲しいんだ。
お父っしゃまも単なる技術屋だし、ここでは正しい英語を教えたいんじゃない!

英語が何だか面白くない、英語や英会話をマスターしようと思ってはいるけどすぐに挫折する人に、もっと面白いもんだという気持ちや興味を持ってもらうために僕は起ちあがったというわけさ。

そこを経ないと正しい英語を学ぼうなんてスタート位置にすら立てないからね。

受験指導の先生にチェックしてもらえれば、沢山減点されるかもしれないけれど、そんなこと怖がってちゃ英語なんか好きになれないじゃん。

先ず、「英語って面白そうだなぁ」とか「表現ってあまり難しく考えない方がいいんだ」なんてことを体で味わっていかなきゃ好きになんてなれるはずがないよ。

「私は犬を飼っています」を英語に直しなさいって言われて「飼う」って単語を調べちゃうのが日本人の悪い癖。
受験の英語だけをやっていると陥る落とし穴らしいよ。

とは言っても、簡単に表現するってことも、やっぱり具体的に経験したり知っていないと分からない!
コミュニケーションの英語が楽しいと思うようになれれば、そこから受験英語との二刀流を心得るだろうから、受験英語だけの友達よりはるかに生きた英語を身に着けることになるんじゃないかな。

「へぇ!」とか「ホンマかいな?」とか「こんな簡単な単語でいいんだ!」とか「間違ってるじゃん!」とか思って、「僕なら、こういう表現にするね!」って結論まで出してくれたら最高に嬉しいという気持ちだけなんだ。

お父っしゃまが書いている「英語の勉強の仕方例」もとっても視点がユニークで英語に興味が湧くかもしれないけれど、コミュニケーション英語とはちょっとフィールドが違うんだよね。

僕の口から出た拙い英語表現

を、お父っしゃまが書き換えたのがこの英文。

The picture was taken yesterday.
The place where I am is what everyone calls Windows LP!

That is, Windows for Laplace! .
Is’nt it cool?

Did not you imagine Windows LP as brothers of Windows XP?
Oops, it is a special observation window of me.

If you see this situation on a blog, FB or instagram, that’s me!

僕の考えやら慣習的な常識やら

“Do you know ~?”

これは日常茶飯事に使うフレーズだから、反射的に出てくるようにしなくちゃね。
何を知ってるのかが明らかであれば、”Do you know ?”だけで成立しちゃうし、「あなた、分かってる?」って時も”Do you know ?”だけでいいことも知っておこうじゃないか!


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現実世界

学部は違いますが我が後輩(京大情報工学OB)とある臨床医の言をご紹介しておきましょう。

たかが盲腸の診断すらできなくなっている医者が蔓延る世の中で、10人専門家がいれば8人はやぶだといっていいでしょう。
まして、ネット情報に至っては9人はやぶでしょう。

それぞれの周囲を見渡せば本当のプロといえる人はごく一握りだと誰もが知っているはずです。

その中で生活上の問題を切り抜けていくには、俗流社会学や俗流心理学・俗流分子生物学・俗流脳科学・俗流AIなんぞをこねくり回して遊ぶのでなく、知識、感性を自分の責任で磨いて対応するしかないですよね。


いくら教科書や※※※学会で教わったことがないからと言って、臨床経験を積めば、おかしい?と思う筈です。

文献的な情報の受け売りばかりだけで、自分達の頭を使って考えることがなくなっているのが現状です。

世間的には、お賢い人がなれると思われている医学の世界ですら、当事者や見る人が見れば、現実はこんなものです。

あなたの最寄りで、何もかも信頼できるお医者さんを探せれば、それは非常に幸運なことですが、まぁ十中八九紋切り型のことしか言いませんね。

それ自体は何の落ち度もないように見えますが、大いに患者を不利益に導いていることもあることを経験された方も多いのではないでしょうか?

ましてや、生命には関わらない教育の世界では、指導者がやぶである確率など、さらに高いことは目に見えています。

お子さんの成績が上がるための条件は、そもそも真面目にやる気持ちがない場合を除いては、

  • 勉強の仕方の流儀を我がものとして確立する
  • それぞれの実際の学習内容に関して、自分で自分を納得させる理解をする術を会得する

という2点を、自力あるいは第三者のサポートを得て確立するということ以外にはあり得ません。

ところが、そんなところは突いてくれないのが現実社会です。
たいていは、準備された模範解答を恭しくご教示頂いて、エラそうに「俺のようになれるだろ?」というスタンスではないですか?

準備していなければ、どれだけの指導者が慌てふためくことでしょうか?
準備しなければ移動できないこと、及び「それはそれで教育になることを受け入れられない指導者のナント多いことか?」ということが問題なのです。

どんな問題でも、現実には、ことによって他人をあてにすることほど実の無いことはないのは確かですから、先ずは、自分の流儀を曲がりなりにも確立すべく動くのが優先されるべきだと考えます。

何も、他人を信じるなと言っているわけではないことをご理解くださいませ。