97歳の幸福論とともに~身だしなみに気をつけなさい それはいつか魂になるから~
97歳の幸福論に学ぶ
「身だしなみに手を抜かないこと」を楽しく幸せに生きる秘訣の一つとして挙げられていた笹本恒子さん。
副題にある笹本恒子さんの「ひとりで楽しく暮らす5つの秘訣」とは、
- 「温かい家」で暮らす
- ちゃんと食べる、ちゃんと歩く
- 身だしなみに手を抜かない
- 年齢を悟られずに生きる
- 読む・書く・仕事&恋をする!
といった実にシンプルなことでした。
きっと、あなたは「それなら全部クリアしているわ!」と仰るのではないでしょうか?
不倫をして充実しているわという要素でクリアしているってのは、ちょっと困るのですが…。
それを除外してクリアしているのなら、あなたは既に幸せを手に入れているのではないでしょうか?
にもかかわらず、幸せだなんて思えないと言われるのであれば、「どんな幸せを求めておられるのでしょうか?」と尋ねなければなりません。
以前、松平先生に思い出させていただいたアランの『幸福論』を読み返し、「幸福になることは他人に対する義務でもある」という言葉とともに、これらの秘訣を噛みしめたりしています。
きっと、笹本恒子さんは、
自分が幸せであることによって周囲の人々をも幸福にしているのだろうなぁ。
『幸福』に関しては様々な方が書かれていますが、私の好きなラッセルにしろアランにしろ笹本恒子さんにしろ、そのエッセンスに共通するのは、【心の持ちようでいくらでも幸福な人生が送れるのだ】ということではないでしょうか?
まさに、自分が幸せであることによって周囲の人々をも幸福にするという一点を中心にした心持ち。
身だしなみに気をつけなさい それはいつか魂になるから
本サイト【幸せ探しの小さな窓】のトップページのロゴには、次のような言葉を飾っています。
Watch your appearance, they become soul.
身だしなみに気をつけなさい それはいつか魂になるから
この言葉は、何を隠そう、有名な次のフレーズを捩ってテクスト化したものです。
Watch your thoughts, they become words.
Watch your words, they become actions.
Watch your actions, they become habits.
Watch your habits, they become your character.
Watch your character, it becomes your destiny.思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。出典:不詳(マザー・テレサ女史が日本での講演で引用した言葉)
すごく心に響くこのフレーズは、FACE BOOKで多くの人が『いいね』や『シェアー』をして、マザー・テレサ女史の言葉として拡散してしまっている言葉なんですが、実は、マザー・テレサ女史自体の言葉ではありません。
マザー・テレサ女史が日本で講演した際に引用した事実があるからだと思われますが、それだけで、マザー・テレサのオリジナルの言葉として一人歩きしてしまっているようです。
このフレーズは海外でも有名なのですが、マザー・テレサ女史の言葉だと認識している人は皆無です。
海外では、スーパーのマネージャーであったFrank Outlawなる人物の言葉として多く認知されているようですが、「Frank Outlawって誰?」という質問も多く寄せられているようですし、その人物の実在性を含め、彼の言葉であるという確証はないようです。
さらには、老子や仏教やイスラム教の言葉との認識も多く見られます。
また、ちょっと違和感を覚えずにはいられませんがゲーテの言葉として引用している方まで見受けられた始末です。
ともかくも、海外ではマザー・テレサの言葉としての認識は全く見受けられません。
マザー・テレサが出典を明らかにされていたのかどうかは知る由もありませんが、ともかくも、出典に関して定かな情報は見当たりませんでした。
私の感覚では、初期ウパニシャッドのアートマンにおける業の思想と言うか果報の思想が彷彿としている言葉と見たのですが、ただ、これも想像に過ぎませんから、私ならばマザー・テレサが講演で引用した『出典不詳』の言葉として引用するところです。
そんな堅苦しい理屈など必要ないと思われるかもしれませんが、言葉が独り歩きをするということは、何の根拠も無いデマが一人歩きすることと根が同じだと思いますから気をつけたいものです。
ネット上に書かれている情報の多くは子引き・孫引きでの引用かリライトであることは常識です。
もちろん、私だけではありませんが、このことに限らず少なからずの人々が注意喚起をされていましたこともあって、名言・格言の引用は鳴りを潜めたようです。
出来ることなら、自らが言葉の源流をも調べる中で言葉の持つ本意や広がりを捉えたり噛み締めることが大切なのではないでしょうか?
孫引きがあまりにも多いことが情報の量だけを膨大化させ質を低下させている一因だと思えます。
ネット情報を鵜呑みにして、身の回りに吹聴していると、あなたを評価する立場の人には、あなたの軽さを吹聴しているかもしれませんからね。
前置きが長くなりましたが、『幸せって何だろう?』と考えたとき、決して無縁でないフレーズとして、この名フレーズが確かにが思い浮かぶのです。
そして、今まで服装にこだわることを軽蔑していた私も、良き友が自分にプラスのエネルギーを与えてくれるのと同様に、良き身だしなみという外的な形も自分の内的なエネルギーにプラスに作用するのではないかと痛感することも多い齢となり、ご紹介したフレーズに捩って冒頭のようなテクストが思い浮かんだわけです。
技術職だったということもあり、サラリーマン時代でも背広は入社式ぐらいしか着た記憶もなく、営業と同行の折でさえブレザー程度だったようにも記憶しています。
ただ、当然ながら会社の名前を背負っているわけですから、社会人に相応しい格好はしていました。
それが、独立すると、会社の名前を背負うこともなくなりますから、ある意味、徐々に日常がだらしない格好になっていたという反省があります。
それで思い浮かんだのは、写真家 笹本恒子さんの『97歳の幸福論』(2014年現在では100歳)
ただ、バートランド・ラッセルの言うように、心の持ちようだけでは解決できない不幸が確かにあります。
社会制度の中での不条理は如何ともしがたいものがありますから、宗教者や篤志家のように、それでも何もかもを「心の持ちよう」で括ってしまうことは的外れになってしまう可能性があることですから、別問題として考えねばならないこともあることは心に留めておきたいものです。
その上で、ごく平均的な私たちの日常生活の中では、ちょっとした工夫や努力や心持ちで『幸福』がスッと姿を現すということは確かなことだと私も実感しています。
思考・言葉・行動・習慣・性格・身だしなみに気をつけること、はっきり意識してみると何かが変わってくるかもしれませんね。
本コーナーでは、アランの『幸福論』やバートランド・ラッセルの『幸福論』をはじめ、幸せを呼ぶヒントとなるような様々な言葉を折につけ散りばめていきたいと思っています。
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