賢そうに見える人を恐れるなかれ

おそらく君たちも様々な面で自分を卑屈に思うことは間々あることでしょうし、あって当たり前なんですね。

何もかもに自信を持って全ての面において威風堂々と振舞える人などそうはいません。

スポーツが苦手だ。
音痴で恥ずかしい。
ちょっとブサ夫で女の子にもてない。
成績が悪い自分が嫌になる。

しかし、考えてみてください。
ブサ夫は改善のしようがない個性ですけれど、スポーツや音楽や勉強は多少なりとも改善は出来るんですよ。

そして、そのどれもが人生を豊かにしてくれます。

勉強法のサイトだから勉強の面で話しますけれども、本当に分かっている人などそうそう居ません。
いや全く居ないと言ってもいいでしょうね。

居れば、私たちの感覚の対象となる一切の事象はすでに説明し尽くされていることでしょう。
ソクラテスですら、自分は何も知らないことを知っているだけマシだと言ったぐらいです。

たとえ専門の世界だったとしても、全てを分かりつくしているでしょうか?
試しに賢い友達に、「何故そうなるの?」を次々と浴びせてみてください。
論理の届く範囲では答えてくれるでしょうが、どこかで必ず行き詰るときが出てきます。

「これは、そもそもがそういうもんなんだよ」
必ずどこかで折り合いをつけていると思います。
知識なんて膨大な量だからどこかで折り合いはつけなければ、現実を生きていくにはちょっとしんどいですね。

中には折り合いをつけずに追求し続ける人も居ます。
彼こそが学者の道を歩むのでしょうが、学者にならない僕たち凡人にはそんな暇はありません。
しかし、それとて、どこかで折り合いをつけなければ際限がないのですね。

ですから、天才も凡人と思いは同じです。
如何に自分が何も分かっていないかを思い知らされるわけです。
その深さが違うだけだと思いますよ。

考えてみれば、秀才が説明してくれる説明だって、何一つ自分で考えたものはありません。
定理だの原理だのと賢そうに語っても、昔の賢い人が考えたものを利用しているに過ぎないんです。
偉そうにする道理があるとすれば、僅かにそれが理解できるからというところにしかないのですが、なんだか勘違いしているほど偉そうぶる秀才も見かけます。

そんな連中を見て、自分を卑下することなどさらさらありません。
「本当に賢いのなら自分の頭で考えた定理でも披露してくれ」とでも言ってやればいいのです。

さて、言い方は悪いですが、中学生や高校生の君たちは、知識を追求することや体を鍛えることや感性を磨くことしかやることがありません。
明日食う飯の心配などすることなく、のほほんと生きていける時期なのです。

何かを追求するクセを付けることができる唯一の時期かもしれない中高生の時期に、他人と比較して自分はダメだからと決め付けて、結果何もしないことは実にもったいないことではないかと思いますね。

僕の奥さんは、最近僕の本を引っ張り出してきて読んだ後、「生きていれば、いろんなことが学べるわ!」と感動していました。
その本のことは別記事でご紹介したいと思います。

彼女は、今年、老化防止対策もあって子どもたちが使っていた未来を切り開く学力シリーズの「小河式プリント中学数学基礎篇」と「中学数学発展篇 図形」をやり終えていました。
今は、「高校入試総整理英語」が机の上に・・・。

どうぞ、おばちゃんに負けるなどということがありませんように・・・。

誰かと競い合うためにものごとを追求するのではなく、ものごとを追求していたら、結果、競い合えるようになっていたというのが本当のところでしょう。
人生においては亀さんほど強いものはないのです。

とかくこの世は学びにくい | 成績を上げるために必須なこと

最初に、とある臨床医さんと学部は違いますが我が後輩(京大情報工学OB)が教育関係の論議で発言した言を併せてご紹介しておきましょう。

ところが、それら原因をいちいち正確に調べもせずに、バカのひとつ覚えのように、どこの※※※科医も、「※生検!※生検!※生検!」と、患者さんに頭ごなしにゴリ押しするのです。

いくら教科書や※※※学会で教わったことがないからと言って、臨床経験を積めば、おかしい?と思う筈です。

文献的な情報の受け売りばかりだけで、自分達の頭を使って考えることがなくなっているのが現状です。


たかが盲腸の診断すらできなくなっている医者が蔓延る世の中で、10人専門家がいれば8人はやぶだといっていいでしょう。
まして、ネット情報に至っては9人はやぶでしょう。

それぞれの周囲を見渡せば本当のプロといえる人はごく一握りだと誰もが知っているはずです。

その中で生活上の問題を切り抜けていくには、俗流社会学や俗流心理学・俗流分子生物学・俗流脳科学・俗流AIなんぞをこねくり回して遊ぶのでなく、知識、感性を自分の責任で磨いて対応するしかないですよね。

世間的には、お賢い人がなれると思われている医学の世界ですら、当事者や見る人が見れば、現実はこんなものです。

あなたの最寄りで、真に信頼できるお医者さんを探せれば、それは非常に幸運なことですが、まぁ十中八九、紋切り型の決まり文句で対処されるケースがほとんどですね。

「やぶでも係っているいることへの安心感」が大きいですから、多くの場合は特に問題はありません。

それ自体は何の落ち度もないように見えますが、ことと場合によっては大いに患者を不利益に導いてしまうケースは確実に生じますし、これを経験された方も多いのではないでしょうか?

ましてや、生命には関わらない教育の世界では、指導者がやぶである確率など、さらに高いことは目に見えています。

お子さんの成績が上がるための条件は、そもそも真面目にやる気持ちがない場合を除いては、

  • お子さんが、適切で効率的な勉強の仕方の流儀を我がものとする
  • お子さんが、それぞれの教科の実際の学習内容に関して、自分を心底より納得させる術を会得する

という2点を、自力あるいは第三者のサポートを得て確立するということ以外にはあり得ません。

ところが、そんなところは突いてくれないのが現実社会です。
準備された模範解答を恭しくご教示して、「俺のようになれるだろ?」というスタンスが大多数です。

準備出来ない環境で教えろと言われたら、どれだけの指導者が慌てふためくことでしょうか?

こういう状況では、8割方はいつまでたってもお子さんの学力など伸びるはずはありません。

どんな問題でも、ことによっては、他人をあてにすることほど実の無いことはないのは確かですから、「やぶでも安心できればそれでいい」という場合を除けば、自分の流儀を曲がりなりにも自力で確立すべく努めることを優先されるべきでしょう。

11月1日より完成度極致のVer.2020へ!

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「帝都大学へのビジョン」は「バイブル」と頼られて10年。

頭の中にサラサラと流れる川を自力で作るために!

京都大学工学部OB2名と大阪大学大学院工学科OBの3名、しかも全員物理系ハードエンジニア出身(教師転身2名)で執筆していますから、商売人や学生上がりのような、実社会で何もできなかった無責任で底の浅い騙し専門の著者とは良心も実用性もレベルが違います。

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