15歳は第二の人生の誕生

15歳は思う以上に人生分け目の分水嶺

15歳を人生のライフサイクルとしての節目の年齢として捉える言葉や名言は数多く見聞きされますね。

例えば、

  • ジャン=ジャック・ルソーは教育論『エミール』にて、15歳を第二の人生の誕生(始まり)と位置づけています。
  • あのアルベルト・シュバイツァー博士も『誰もが14歳に戻れたら世界は違ったものになるだろう』と書かれています。
    ” If all of us could become what we were at fourteen, what a different place the world would be! “

そして、私たちにとって何よりも身近な格言は、

子曰、吾十有五而志乎学、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而従心所欲不踰矩


十有五にして学に志し、三十にして立つ。
四十にして惑わず、五十にして天命を知り、六十にして耳順(したが)う。
七十にして、心の欲する所に従えども、矩(のり)を踰(こ)えず。

論語巻一/為政第二/第四

ではないでしょうか?

もっと現実的な視座から眺めてみると、

  • PISA国際学力調査(OECD生徒の学習到達度調査)が15歳をターゲットにしていること
  • パルモア病院を設立し、産婦人科と小児科の共同体制で臨む周産期医療の先駆けとなった三宅廉医師が、「15歳からはもう子供ではなく、小児科の手を離れて自立する時である」と考えられて15歳になった子どもたちの同籃記念会を毎年開催された

などという事実からも、一般的にも15歳が大きな節目になるだろうことが浮かび上がります。

当方自身が覚醒したのも、まさに14歳を終える直前の中学卒業時だったこともありますが、阪神淡路大震災後に企画した「ICL数学クリニック」に集ってくれた子も、少数ではありましたが、すべて15歳の高校1年生だったことも象徴的な経験でした。

その教え子たちは、まさに「十有五にして学に志し=志学」の若者たちでしたけれど、だからこそ、本当は14歳までの生い立ちで「十有五にして学に志し」となれる素地が根源のところで育まれていたのだと考えています。

15歳に至るまでの環境というものが、その子の方向性を決める大きな要素であることだけは間違いがないでしょう。

ともかく、世間で一流あるいは一流を支えると評価される人の多くが、この時期14歳~15歳を自分の原点として振り返られることがほとんどのように見受けられることからも、やはりこの時期の大切さを物語っているように思われます。

『三つ子の魂百まで』さながら『十五の第二の助産百まで』と言ったところになるでしょうか!?

さて、その反面を表す諺として、「十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人」という言葉があります。

もちろん、世の中はほとんどが「ただの人」で動いていますから、それで充分なのですが、世の中に有用とされる「ただの人」でありたいものです。

そのためには、己が人格の肥やしとなるような「学び」をこそ身に着ける必要があります。

努力や粘り強さや忍耐力といった能力を培うことはもちろんですが、それ以上に、謙虚さや分際を弁えるといった最も人格の根底を為す人間性に繋がっていく基本的な素養が付随してこない限り、それを「学び」とは言わないというのが当方のスタンスです。

そういった意味で、「十でただの子、十五で才子、二十過ぎれば人格者」が自然なプロセスだというのが当方の考え方です。

当方の人生での経験上では、漸次上昇していくタイプの人が、総じて能力も人間性も高く、多くの人から信頼される社会人として活躍されていますね。

この15歳前後に「志学」あるいは「何かへの志」が芽生えるかどうかは、それまでの環境に大きく影響を受けるのですが、せっかく芽生えた「志学」の気持ちを健やかに伸ばすことが出来るのかどうかは、独自で伸ばしていける少数の人を除いては、彼をどう導くのかという導き方に大いに依存すると当方は考えています。

それこそが、教育に携わる人の使命なのです。