巧言令色 利を以って合する者

桜花満開の中であなたが逝ってから2ヶ月半が経ちました。
6月終盤、かなりじめじめした気候が続いてきましたよ。

裏庭の紫陽花は早く咲いたのに、表の紫陽花はかなり遅れて咲き始めました。
葬儀の後、僕が剪定したからでしょうか、小ぶりに可愛らしく咲いています。

刺繍プリティシリーズ009

今日もあなたの刺繍を飾ってみました。

先週の日曜日は父の日だったようです。
そんなことは頓着もしていない日々。
なんと、○○(息子)が初めてプレゼントをくれました。

あなたや特にあなたの姉さんが、その成長を心配し、愛でるように可愛がっていたあのチビさんが、 もうそんな歳になってきたんですよ。

就職先も決まって気持ちも落ち着いたのでしょうか、ビール・スムーサとコップと「ありがとう」と書かれたコースターにビールが1本、おしゃれな包装でチョコンと置いてあったのです。
実に嬉しいものですね。

僕も、もう少しあなたに、そういった喜びを味わせてあげればよかったと後悔しています。

そんな僕が言うのも変ですが、男の子は本当に喋りませんね。
小さい頃はお姉ちゃんと入れ替わったらと思うほど、口から先に生まれてきたようによく喋った子。 あなたたちが笑い転げる姿を見て、僕は嬉しかったものです。

そんな子でも、いつしか男の子はやっぱり喋らなくなるんですね。
当たり前のことをわざわざ口に出して言うことが照れくさいんですよ、男って・・。
今では、きっちり逆転して、セオリー通りのよく喋る姉と無口な弟。
でも、妙に仲がいいですから、きっとあなたも天国から喜んでくれていることと思います。

社交家だったあなたにすれば、やっぱり娘が欲しかったことでしょうね。
僕も、若い頃に限らず今までずっと、ほとんど返事をするぐらいしか喋りませんでしたから、さぞかし物足らなかったことと思います。

時々、あなたの前でビールを飲んだ時には、思い出したかのように喋ったのはいいけれど、いつも、世の中の不条理に関する愚痴とも怒りともつかぬような話でしたよね。
そんな話でも、聞いているときのあなたは嬉しそうで楽しそうでした。

娘は、初給料でおばあちゃんに何か買ってあげようと思っていたのにと言っていましたよ。
幼い頃、昼寝させられるのが嫌で、お母さんが寝入った隙に、よくあなたのところへトコトコと行っていたことを思い出すとも言っていましたよ。
あなたは、本当に二人ともを平等に平等にと気を遣って可愛がってくれましたね。

葬儀での最後のお別れの時には、娘があんなに嗚咽して号泣するとは思いもよりませんでした。
外までまる聞こえだったんですよね。
僕は、僕のおばあちゃんが亡くなった時には、正直、そこまで悲しさがこみ上げることはなかったですから、すごいことだと思いましたよ。

そんな娘も修士様になってしまいました。
本当は博士まで行かせてやれればよかったですけど、その気があれば自分で道を開くでしょう。
ただ、働き初めて、すぐに忌引き休暇を取らなければならないとは思ってもみなかったでしょうね。

さて、あなたの逝去の後、「利を以って合する者は、窮禍患害に迫られて相棄つ」を強く感じることもありました。
常々、歯の浮くような言葉で、あなたや僕を持ち上げていた人に限って、線香の一本もあげに来られないし、お花の一輪をもお供えをしてくださることもない方も居られました。

あなたが亡くなった直後、そのことをインターホン越しに伝えても、「そりゃぁ大変やったね」の一言で、悔やみの言葉も線香の1本をあげさせてほしいという言葉もなく、それっきり。

あなたが最も尊敬し、心の拠り所としていた方も、電話でお知らせすると、声も出ないくらいに動揺されてはいましたが、結局、供花の一つも届くことはありませんでした。

僕は、あなたと同じように、形だけのお供えなんて、サラサラ欲しいわけではありません。
ただ、びっくりしたのです。

何ものをも持たずに飛んできて、涙し、お世話になったことを感謝して手を合わせてくださった方々の心に、人としてのごく普通の情愛を見るのです。

唯物論を奉じる僕でさえ、少なくとも、ここまで親しくし、お互いに世話になっている間柄なら、線香の1本もあげず、お花の一輪も捧げずに放置しておくことは出来ないだろうなと思ったのです。

あなたのことですから、相手の真実を信じ、自分の身を捨てて尽くしていたことを分かっていますから、何か悔しい思いがよぎってしまうのです。
まだまだ、僕は人間として未熟の極みですよね。

僕は、生前の付き合いからある程度は分かっていましたが、お人好しのあなたには見えなかったようです。
しかし、これほど薄情なものだとは、あまりにも想像を超えていましたよ。

「騙すより騙される方がマシ」と、あなたはよく話していましたね。
こう言うと、あなたは怒るかもしれませんが、あなたは自分がおだてられると、すぐ騙される性質なんですよ。

世の中、たいそうご立派な世界も含めて、見渡す限り巧言令色ごっこで成り立っているようなものだと僕は思っているのですけれど、「巧言令色鮮なし仁」をあなたはもっと知るべきでしたよね。

今まで多くの人に接して来ましたけれども、「巧言令色鮮なし仁」には、その例外にはあまりお目にかかったことがないような気がします。

「言に訥」「言に達」は決して口数の多い少ないだけで判断はできませんけれども、自分が真に思っていること、理解していること、場の空気を読むこと、そんな要素で真摯に話す人は、言葉の質量が大きいんですよね。

でも、そんな付き合いでも、そこに充実した楽しい時間があったのですから、それはそれで幸せだったと僕も思っていますよ。
良いも悪いも、人間生きている間の思い出が全てだと思うんですね。

ですから、そんな方々を責めるつもりなど毛頭ありませんし、あなたにも僕にも、そんな資格はありません。
ただ、なんだかあっけに取られてしまっただけなんです。

僕は、「人生なんて、所詮暇つぶし」とか、「人を無償で愛することも、自己愛の裏返し」という考えが、高校生の頃に到達してから変わることはありません。

騙すも騙されるも、とてつもない無限の世界から見ると、実にちっぽけなことですものね。
あなたには、確かに楽しかったし充実していた時間を持てたという事実があるのみです。
なのに、僕は弱り行く病床で、そのことを責めてしまったことが悔やまれます。

ですから、あなたは僕からこんなことを聞かされても、もう決して、悲観することも卑下することもないですからね。

あなたには「学」はなかったけれど、確かに僕よりははるかに立派な人間でした。
仏前で唱えるお経の意味も分からずに唱えていましたけれど、それでも僕よりは真実の人であったとしみじみ思います。

でもね、あなたが最も大切にした魂は僕から僕の子どもたちへと、確かに引き継がれていますよ。
それは、現状においては負の遺産かもしれませんし、いつか希釈されて時代とともに消えてしまうかもしれませんし、あるいは、正の遺産と転じて行くかもしれません。

そんなことは誰にも分からないことですよね。
でも、確実に言えることは、あなたも僕も僕の子どもたちも「空」であるということです。
それが生命の連鎖というものではないかと思うのです。

-2011年6月24日-


刺繍ギャラリーはこちら

刺繍プリントはがきテンプレート for 反核・反原発はこちら

人気記事ランキング(通販・CAD以外)

当サイト情報・文化ページで大変アクセス数が多く閲覧時間が長い人気ページのご紹介です。

ページの先頭へ